第9話 モブ高校生は美人奥様の夢を見る?

『ピピピピ…………』


「うぅっ……」


 あれ? 目覚まし時計の音が聞こえる?

 いつの間にか眠ってしまったのか……。


 今の状況にとりわけ驚きはしなかった。昨日いろいろなことがあって疲れたのだから、きっと久住さんと電話した後、死んだように眠ってしまったのだろう。


「ふぁぁぁ……」


 俺は目覚まし時計を止めて、大きく背筋を伸ばす。

 時刻は朝7時。朝飯を食べてから家を出るまで一時間あるから、その間に今日の小テストの勉強ができる。完璧だ。


 俺はベッドから身体を起こし、両手でガッツポーズ。今日も颯人はやと久住くすみさんを結ぶキューピッドとして精進せねば、と自分に気合いを注入した。

 そしてそのまま、一階のリビングへ向かう。



 だがこの後、異様すぎる光景がリビングにあったのだ。



「あっ、おはよう。



 ……は?



 なにこれ? なんで俺、産んだ覚えのない高校生の息子がいるの? しかも颯人に似てるような……って、純度100%の颯人じゃん!


 俺はこの状況を前に、ただ立ち止まるしか無かった。

 そして更に、俺に声をかけてきたのは──


「あら、おはよう。


 最近よく見かける茶色の髪をした長髪の女性だ。おかしな話、どうやら俺のお嫁さんらしい。


「あの、俺まだ高校生なんですが……」

「何言ってんだよ、父さん。寝ぼけてんの?」


 ちげーよ。寝ぼけてんのはどっちだよ!


「おかしな人ね。高校生だなんて、何年前の話ですか?」

「は? じゃあ俺は何者?」

「何言ってるの。ラノベ作家と自宅警備員のダブルワークでしょ?」


 いやいや、奥様こそ何言ってるの? あと、自宅警備員は職業じゃないからね??


 他にもいろいろとツッコミたいが、こうしちゃいられない。早くこのよく分からない夢から覚めなきゃ。


 そう思っているはずなのに──


「あの……、君って誰なの?」


 きっとこれは新手の予知夢かもしれないと思った俺は、興味本意で彼女に名前を聞いてみる。

 もしかしたら、将来のお嫁さんかもしれない。そう思って──。


「ふふっ、あなた朝から変よ?」

「あぁ、変だよ! それはいいから教えてくれ!!」


 早く知りたい、と焦る俺。対して彼女はクスリと笑って答えた。


「藤澤……美唯みゆで──」




「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 俺はガバッと飛び起きた。どうやら夢から覚めたみたいだ。

 今、聞いてはいけないことが聞こえたような……。いやいや、あれは夢だ。誰だよ、あれを予知夢とか言った大馬鹿者は。


「はぁ……はぁ……。はぁぁぁ……」


 大きく息を吐き、俺は気持ちを落ち着かせる。

 そしてまた背筋を伸ばし、自分の部屋の辺りを見渡した。


 制服、あるな? カバンと英単語帳、あるな? 高校の卒業証書にアルバム、あるわけないよな? ヨシ!

 今は2020年の4月。今の時刻は……8時20分……。


「あっ、遅刻……」


 今置かれている状況が理解できた途端、俺は身震いした。



 〇



「くそっ、なんて日だ……」


 ボソッとボヤキを呟きながら、俺はペンを必死に走らせる。

 今は放課後。だが今日は即座に帰宅できず、補習を受けている。なんせ小テストで不合格だったからな。


 補習の内容は今日の範囲である20個の単語とその意味を書いて、それぞれ三回ずつノートに書くという苦行。

 手の側面は真っ黒で、初めての補習で手首が痛む。


「あと二つ……」


 ゴールが見えてきた。俺は更に速く手を動かした。

 どうせこの後は一人で帰るんだし、誰かが俺を待ってるわけでもない。だが俺は「早く帰りたい」という一心をペンに込めた。


「よし、できた!」


 そしてようやく、初めての補習が終わった。

 手首は痛いし肩は凝るしで、もういいこと無しだ。一生補習なんてやるものか。


「さよならー」


 教壇に座る先生に補習の結果を見せた後、俺はとぼとぼとした足取りで教室を出た。


 すると、教室の前で待っていたのだ。


「あっ、お疲れ様。ウタくん」


 なんと、久住さんが……。


「どうして久住さんが、ここに??」


 俺なんかが神々しい美少女に待ち伏せされるなんて、おかしすぎる。

 きっと目当ては俺じゃないはず。あの教室にいる女子でも待っていたに違いない。


「ずっとここで、ウタくんのこと待ってたんだよ?」

「えっ? マジで!?」


 おいおい、ホントに俺のこと待ってたのかよ。

 つい嬉しさで声が弾み、顔がニヤけた。


「だってウタくんが恥ずかしがるのはクラスの男子の目が気になるからって、わかってるから」


 対して、そういうの慣れてるから、とでも言わんばかりの余裕を見せる久住さん。

 やっぱモテる人って、いろいろと考えてるのだろうか──。まぁ颯人はそんなこと、一切考慮したことないんだけどね。


「でも今は大丈夫でしょ? みんな部活行ったり帰ったりで、周りには誰もいないし」

「久住さん……」

「帰ろ? ウタくん」


 久住さんは俺に優しくて甘い笑顔を向けてくれた。

 まさか久住さんと一緒に帰れる日が来るとは……。まぁ、あくまで? 颯人と近づくための作戦を練るわけだし?



「外で雪村くんが待ってるから♪」



 …………ですよね。


 俺はふぅと息を吐いて、久住さんと玄関に向かった。

 忘れてはならない。俺は雪村颯人と久住美唯、二人の美男美女を繋ぐ糸であることを……。




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