第8話 脇役にヒロインのサービスは要らないでしょ

『今日はゴメン! 変なこと言っちゃって!!』


 夜八時、風呂に上がった俺は二階の自室で久住さんにLINEでメッセージを送った。


『一緒に帰ろうって誘ってくれたやつ?』


 するとすぐに返信が来た。

「一緒に帰ろう」ってはっきり言われ、羞恥心から生成された熱が加わって風呂上がりの身体が更に火照る。


 そしてこの後、彼女は俺の心を読んだかのような言葉を飛ばしてきた。


『私てっきり、一緒に帰るの恥ずかしいのかなと思ってた(笑)』


 笑われた。心の中で「可愛い子ね」ってバカにされた、間違いない!

 俺は照れながら、ぐぬぬと歯を食いしばった。


 別に、恥ずかしかったわけじゃないし? 俺はただ、命を守る行動に出ただけだし? 安全第一。日本人の良いところだよね?

 そうやって事実を並べているのに、顔は熱いし動悸がして落ち着かない。


『ホントに用事があったんだよ。母さんにおつかい頼まれてたの思い出してさ』


 俺はそう送って誤魔化した。すると──



「うぉわぁ!?」


 久住さんから電話がかかってきた。バイブと着信画面に驚いて、手から携帯電話落としそうになる。

 俺はあたふたしたまま、震える手で電話に出た。


「もっ、もしもし?」

『あっ、ウタくん。やっほ』


 緊張で声がガチガチの俺。対してスピーカー部分からはハミングでも口遊みそうな程の上機嫌な久住さんの声が響いて聞こえた。


『ごめんね、いきなりで。今、何してる?』

「今は風呂上がって、暇してるから大丈夫だよ」

『風呂? 奇遇だね〜』


 さらに気分が上がった久住さん。その高いテンションのまま、彼女はこんな言葉を放った。


『私は今、お風呂タイムだよ〜』





 …………えっ?


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!????」


 なにこの子、俺を悶え殺すの? 眼中に無いモブを弄ぶの? 怖いよ!


「どっ、どどどっ、どうして風呂に!?」

『えっ? そういう時間だし?』

「そういうことじゃなくて──」

『いいじゃん。どうせ私の裸なんて見えないしぃ〜』

「いや、だから……」


 何一つ照れることなく、気楽な様子の久住さん。

 どうやら彼女は男の想像力、妄想力を知らないみたいだ。


 とりあえずこのまま久住さんと話すなんて無理だ。理性が保てない。だから俺はこう言った。


「風呂で電話なんて、ケータイ落として水没させても知らないよ?」

『大丈夫、防水だから』


 くそっ、効かなかった! 

 ドヤ顔を浮かべてそうな余裕のある声を聞いて、俺は悔しさで唇を噛む。

 そして俺のターンが終わり、久住さんは甘い声で攻撃をしかけてきた。


『もしかして、コーフンしてる?』


 ──んなもん、してるわけないだろ。


「んなもん、しないわけないだろ」


 あっ、間違えて心の声漏らしちゃった。


 てか、電話の相手は全裸の美少女ぞ? 話に集中できるわけないし、この先も焦って心の声ダダ漏れさせそうだし!

 受話器の向こうにいる神聖な姿の久住さんが脳内にちらつき、どんどん気持ちが荒ぶっていく俺。


『ふふっ。えっち』


 対して相手は歳下をからかうようなお姉さん口調。かなりの余裕だ。


「そりゃ俺、思春期真っ盛りの男だもん」


 俺はひどく赤面しながら、ボソッと弱々しい声を出した。


『わかった。じゃあ後でね?』


 俺の理性を保つ機関が限界を迎えているのをわかってくれたのか、久住さんが浴槽から出ていく音が聞こえた。

 ていうか、こういうサービスは主役の颯人が受けるべきだろ。なんで俺みたいな引き立て役、或いは脇役がこんな扱いを……。


『さっき颯人くんにも電話したけど、そんなに動じなかったし大丈夫かな〜って思ったんだけどな』


 あぁ、それは良かった(?)。

 なのに何故だろう。俺は敵わないヤツ相手に凄まじい敗北感を抱いた。


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