第7話 放課後、ウタは​──

 終礼が終わり、教室が一気に騒がしくなる。「帰ろ〜」とか「部活行こーぜ」とかいう声が教室中を飛び交っている。

 そんな中、部活に所属していない俺は一人で家に帰るのだ。なんせ今日は颯人はやとが部活に行くからな。


 俺はカバンを持って席を立った。目線を教室の外に向けて──。


 ……いや、一緒に帰ってくれそうな人いるじゃん!


 俺はちらりと隣の少女に目をやった。そして勇気を振り絞り、口を開く。


「あの、久住くすみさん!」

「ん?」

「……えっと」


 いやいや待て待て、早まるな。

 相手は高嶺の花。俺みたいな雑草なんかと理由ワケもなく一緒に帰るなんてありえるものか。ご都合主義にも程があるだろ。


「えっと、その……」


 だから俺は、こう言って彼女を誘ってみた。


「こ、これからのことについて話さない? 駅までさ?」


 たとえ俺が雑草とはいえ、俺には彼女との繋がりがある。

 だって俺は久住さんの恋のキューピッド。だから俺は「颯人との距離を縮めるための方針を考える」という目的を添えて、さりげなく「一緒に帰ろう」と伝えた。

 すると彼女はきょとんとした顔で小さく口を開く。


「それって、私と一緒に帰る……」

「あー! えっと、そうであるようで、そうでないようでって話で……。あくまで、久住さんと今後について、作戦会議をしようかなーなんて!!」


 俺は焦って無理に口を走らせた。


(うわっ、怖っ!)


 というのも、後ろから男子の刺すような鋭い視線を感じたからだ。「久住さんと一緒に帰る」って、こんなにも恐ろしいことなの? 

 俺は背後から感じるおぞましい殺気に背筋を震わせた。


 そして──


「あっ、ごめん。さっきの忘れて? てか話し合いならLINEでもできるよね! あははは……」

「?」

「あぁ、俺ちょっと用事思い出したし帰るわ! じゃあ、また明日!」

「……うん」


 一方的に喋ってばかりの俺を見て、首を傾げる久住さん。そんな彼女を置いてきぼりにするように、俺は逃げるような速度で教室を出ていった。

 今日の夜、LINEで謝っておこう……。



 〇



「ナイスキー!」



「それで、今日はどうしたの?」

「えっと……、なんとなく来ちゃった」


 教室を出た俺は、制服姿のまま体育館にいた。


「あのね、ここはバレー部の練習場所で、私はこの部のマネージャー。アンタのカウンセラーじゃないのよ?」

「わかってる。わかってますから!」


 俺の前に人差し指をビシッと突き出したのは、二年の松岡舞華まつおかまいか

 黒髪外ハネショートヘアがよく似合う、気の強い女の子。それ故バレー部マネージャーにして、バレー部の「首領ドン」なんて呼ばれている。

 ちなみに俺とは去年のクラスが同じで、元バレー部とバレー部のマネージャーって関係だけで謎に関わることが多くなった。


「で? 何しに来たの?」

「いやぁ、ちょっとお前と話したいことがあってだな」

「話したいこと?」

「そう。舞華、久住さんと知り合いだったんだな」

「知り合いっていうか、中学からの仲ってところね」

「それで、久住さんに颯人のLINE教えたんだってな。颯人から聞いたよ」

「ちょっと待った。何が言いたいの?」


 少し尖った目付きを見せて、舞華は聞く。別に怒ってるわけじゃないとわかっているのに、何故か身体がビクッとなった。


「あっ、いや。実は──」


 それでも俺は、久住さんに恋のキューピッドを頼まれたことを説明した。


「ふーん」

「反応薄っ」

「いや、別に普通のことでしょ。だってアンタ、颯人くんと一番関わりあるし」

「頼みやすいし? モブだし?」

「そこまでは言ってないでしょ……」


 しまった。つい自虐が……。

 俺のネガティブな一面に、舞華は「やれやれ」と一つため息をつく。


「そっかぁ……」

「なに? 不満? 嫉妬?」

「違う」


 そう言って、また俺を睨みつける。俺は即座に「すみません」と謝った。


「大丈夫かなぁ……ってこと」

「えっ? 大丈夫でしょ。学年一モテる美少女とバレー部の爽やかイケメンだぞ?誰も横入りなんてバカなマネとかしないだろ」

「そうじゃなくて、アンタが恋のキューピッドでいいのかって話!」


 またビシッと指を出す。そのとき、胸に鋭い刃物が刺さったかのような痛みが一瞬走った。


「そう、言われるとだな……」

「どうせ上手くいってないんでしょ? それでそのことを私に相談するために来たんでしょ?」

「それは違う! でも、せっかくだから話は聞いて欲しいかな」

「あっそ。まぁいいけど?」


 俺の願いにすんなり応えてくれた舞華。俺は「ありがとう」と言って、今日の昼休みの出来事について話した。


「それで、颯人がさ──」


 上手くいかない原因が颯人にある、と強調して──。


「……なるほどねぇ」

「なんだよ?」


 俺の話を聞いて、妙な笑みを浮かべた舞華。するとまたいつものキリッとした表情を取り戻して、こう言った。


「言っとくけど颯人くん、バカじゃないからね」

「いやいや、あの行動は完全に主旨をわかってないだろ。俺が颯人に『久住さんがお前のこと気になってる』って伝えたのに、あんな行動とるとか──」


 俺が話していると、顔面に何か冊子が覆いかぶさった。舞華が俺に向かって投げてきたみたいだ。


「はい、話は終わり。帰った帰った」

「んだよ……。てかこれ、なに?」


 手に取って見ると、それはバレーボールの月刊誌だった。


「颯人くんがユース合宿で取材受けたときのことが記事になってるから、あげる」

「おっ、おう」

「そんじゃ、またね」


 そう言って舞華は、俺に背を向けて離れて行った。

 俺はそんな彼女の小さな背中を見て十秒もしないうちに、目線を雑誌に向ける。

 そして「颯人、でっかくなったものだな」としみじみ思いながら雑誌を開く。


 颯人の取材記事には、こう書かれていた。



ひいでた分析力と相手の状況把握力を駆使する未来の日本代表。コート上の"頭脳"』

『チームメイトとの完璧な伝達、チームワークで勝利を掴む!!』



 …………嘘つけ。

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