第5話 昼休み、来る!~昼食編~

『キーンコーンカーンコーン』


 四限の終了を告げるチャイムが鳴り響く。お待ちかねの昼休みだ。

 しかも今日は二年生になって初めての昼休み。隣には久住くすみさん、幸せな時間だ。


 ただ相手は男子に大人気の美少女。平凡なモブの俺なんかが隣にいるのを憎らしい目で見られていると思うと……息が詰まる思いだ。


(颯人はやとぉ、早く来てくれぇ)


 そう思い、俺はキョロキョロと辺りを見渡した。


「どうしたの? ウタくん」

「あっ、いや!」


 久住さんの声にひどく驚く俺。思わず引きつった声が出た。


「その……颯人、まだかなぁって」

「そうだね……。あっ、ウタくん。来たみたいだよ?」


 すると久住さんの弾んだ声が聞こえた。

 教室の出口に目をやると、本日の主役が教室に入ってくるのが見える。

 俺は全力で手を挙げて颯人を招くとともに、「久住さんと二人きりじゃないよ」と必死にアピール。

 そして俺は久住さんの顔を見てコクリと頷き、授業間の休憩時間に久住さんに伝えた作戦を決行する合図を伝えて席に立った。


「どした?」

「颯人、俺の席座りなよ?」

「おう。で? お前は?」

「俺はここ座るから」


 そう言って俺は、自分の前の空席に向かう。

 俺の前の席は優しい見た目の男子。だから恥ずかしさや恐ろしさを微塵も感じないので、俺は躊躇いなくその席に着いた。

 これで隣同士に座るイケメンと美少女を見守る俺、という構図が完成だ。


「それじゃ、食べよっか」


 改まった感じで俺がそう言うと、颯人は購買で購入したパンを袋から出し、俺と久住さんは弁当箱の蓋を開く。

 さて、まずは──。


「久住さんのお弁当、なんかいいね」


 俺は久住さんの弁当箱の中身を見て言った。

 綺麗に並んだ具材の配置、そして小さくて可愛らしい具材と弁当箱。これには「可愛いね」と言いそうになったが、これはモブの俺が言うべきではなく、メインキャラの颯人が言うべきセリフだ。

 だが他に形容するに相応しい言葉が思い当たらなかった俺は咄嗟に「いいね」と、アバウトな表現を用いた。


「あっ、ありがと」

「おっ、どれどれ」


 よし、いいぞ。

 颯人がなんの躊躇いもなく、彼女の弁当箱に顔を覗かせた。久住さんと颯人の距離が迫ると、久住さんは微笑ましい表情を見せた。

 その最中さなか、俺は美男美女が近づく神聖な様を見つめながら、「良い仕事したな」と満足しながら優雅に自分の弁当を食べた。


 するとだ。


「そういえば、お前んとこの弁当も可愛いよなぁ」


 おい、なに言ってんだよ颯人! 

 俺は焦って弁当箱を隠す仕草を見せて、「そんなことないよ」と苦笑い。

 あぁ、そんなこと言ったら久住さんがこっちに近づいて、お前との距離が遠ざかるじゃん……。


「えっ、どれどれ~?」


 ほーら、言わんこっちゃない!

 久住さんは片耳に髪をかけながら、こちらの弁当箱に顔を近づけた。


(近い! 久住さん、近い!!)


 あまりに近いものだから、彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。

 これ、「颯人が気になる」って知らなかったら惚れてるよ、間違いなく!


「わぁ~、包み可愛い~。ハムスター?」

「そっ、そう! てかこれ、姉のだし」

「そうなんだぁ~。あっ、このタコさんウインナーも可愛い~」


 気づけば話題は、俺の弁当箱へシフトしている。久住さんは颯人じゃなく、俺の近くにいるし。


「だろ? これ全部、ウタの姉さんの手作りなんだぜ?」

「へぇ~、弟思いのお姉さんだね?」

「まぁそれだけ、ウタは優しくて可愛い弟だからな」


 しかも何故か俺の株が上がってるし……。俺は口を歪ませながら「んなことねぇよ」と笑う。


(でもまぁ、いいや)


 それに釣られて颯人も俺に近づいたから、美男美女の距離は近いままだし。俺はまた安堵の表情を見せた。

 それなのに──


「しかもウタのお姉さんの作るハンバーグが絶品なんだよ! 久住さんも食ってみ?」


 颯人コイツは笑顔で、俺の株上げをやめないのだ。

 だめだ、コイツめんどくさすぎる! いつもは優しくて頼れる颯人のことを俺は初めて厄介者だと思った。


「えっ、いいの?」


 いや、待て待て。そこは俺のハンバーグじゃなくて、颯人のサンドウィッチに目を向けてくれよ──なんて心の声は届かず。久住さんはワクワクした様子でこちら伺ってくる。ここまでされると、さすがに退けないな。


「うん、いいよ」


 そう言って俺は箸を退けて、「お取りください」と伝えた。すると久住さんの持つ箸が俺の弁当箱に近づいてくる。


(うわ、なんか緊張するんだが……)


 初めて女の子を家に招いたときのドキドキを感じる。

 本当は俺が受ける扱いじゃないのに……。そう思いながらも、俺は胸のトキメキを少し楽しんでいた。

 そして俺のハンバーグが持ち上げられ、彼女の小さな口に運ばれる。


「ん~、おいひぃ~♪」


 頬を押え、幸せそうに食べる久住さん。

 俺の思った方向とは違った感じで事が運んだが、とりあえずはこの瞬間を喜ぶとしよう。


「それはよかった」


 俺は笑顔でそう言うと、彼女も笑顔を返してきた。

 さて、俺はこれで満足。あとはメインミッションに戻るとしよう。

 俺は目線を颯人に向け、久住さんを釣るために声を弾ませた。


「そういえば颯人の買ったサンドウィッチ……も……」


……………………………………

………………………………

…………………………



 無くなってるぅぅぅぅぅぅ!!!!???




「ん? 俺のサンドがどうした?」


 くそっ、遅すぎた……。

 見るとサンドウィッチはおろか、他のパンも無くなっている。

「颯人の買ったパンも美味いんだよ」って言って久住さんに興味を持たせてから、「一口もらっていい?」って言わせるという完璧なムーブが……。


「いや、なんでもない……」

「あぁ、わりい。お前も食べたかったか?」

「いや、そうじゃない。大丈夫……」


 俺はミッション失敗の悔しさに肩を落とし、悲しげに弁当の残りを完食。そして久住さんも完食して、昼食タイムは二人との距離を縮める収穫が得られずに終了。



 気のせいだろうか、最後に食べた卵焼きがいつも以上にしょっぱかった。



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