第10話 七人の魔王

 俺は今、王宮にいる。

 作戦会議室のような部屋だ。今この部屋には俺を含め5人の人間がいる。


「それでは勇者殿、改めて七人の魔王について説明します」


 口を開いた初老の男は、アスラン隊長。ブリュナンデ王国軍の総隊長らしい。

 頭のてっぺんが見事にツルツルなので、個人的に彼のことを『沖ノ鳥島』と呼んでいる。

 もちろん、本人には言えないが。


 机の上に広げられた地図には、それぞれ印が付けられていた。

 中央に位置するのが、この国ブリュナンデ王国だ。


「まず一番近いのはここから南東の山の麓、強欲の王『マモン』ですな。これに関しては元配下のアポロメア殿が詳しいでしょう」


 沖ノ鳥島が見つめる先に座る男――レヴェッカの魔法によって、今は髭面ヒゲヅラのワイルドな人間の姿になったアポロメアは返答する。

 ちなみに彼の腕と目は治癒され、五体満足の完全な状態だ。


「ああ、はご存知の通り強欲の王だ。この国に到達するのは時間の問題だが、強欲というのが厄介だ。人や資源全てを奪い去り、この国は滅亡するだろう」


「なるほど、まず仕留めるならまずヤツからだな」


 中央に座する王、バッファーが呟く。


「次は南東の情熱の島トラースにいる、色欲の王『アスモデウス』です。厄介な奴には変わりませぬが、他の連中と比べればマシかもしれません」

「あの、それはどう言う?」


 俺は隊長に質問した。


「あくまで人を惑わせる存在です。直接的な害は少ないので、後回しにしても問題無いでしょう。

 いや勿論、放置しっぱなしは問題ありますが、それよりも他の連中の方が厄介です」


「と、すれば『ベルゼブブ』と『サタン』ですね」

 レヴェッカが口を開いた。俺はその名前を聞き、思わず驚きの声を上げる。


「え? サタン?」

「あら、ご存知ですか、『サタン』を」

「まぁ名前だけなら。詳しくことは何も知らないけど」


 サタン……創作でもよく聞く悪魔だ。とにかくめちゃくちゃ強そうなイメージがある。


憤怒ふんどの王『サタン』は北西の豪雪大陸アイスランド、そして暴食の王『ベルゼブブ』はその下の豊穣の島マイヤヒにいます。ほら、この島ですよ勇者様」


 彼女は地図に印を付けながら教えてくれた。

 ここからは少し遠いが、ヤバいと言われるこいつらもそのうち襲ってくるだろう。


「あとは北東の湖、嫉妬の王『リヴァイアサン』、南東の大地、怠惰たいだの王『ベルフェゴール』。そして南西の砂漠地帯、傲慢ごうまんの王『ルシファー』ですね」


 おいおい、『リヴァイアサン』と『ルシファー』も聞いたことあるぞ。

 めちゃくちゃ強そうじゃねぇか。

 いくら彼女レヴェッカがいるからって、こんな連中に勝てんのか?


 それにしても、なんか聞いたことあるよな。『怠惰』とか『嫉妬』とか『強欲』とか。何だっけ、確か――


「あ、もしかして七つの大罪?」


「おお、勇者殿知っていたのか?」

「さすがです、勇者様」


 思わず口が滑ってしまい、全員の眼差しが俺の方に向いた。

 オレ、何かやっちゃいました?


「さて、当面は強欲の王『マモン』の討伐に当たってもらう。勇者殿、アポロメア殿、レヴェッカ、何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」

「ああ、それなら王様。一つ要求がある」


 師匠アポロメアが手を上げて発言した。


「兵を寄越さないでほしい。『マモン』討伐は俺と姉さん、勇者君の三人だけでやる」

「それは何故だ?」

「兵や武器を奪われてしまうからだ。心が弱い者なら簡単に取り込まれてしまう。その点、俺や姉さん、勇者君なら大丈夫だ」

「そうか。それならば君たちに任せる。勇者殿、娘を守ってやってくれ」


「あー、はい」


 俺は生返事で返した。恐らく守るのではなく、彼女に守ってもらう側だからだ。

 さすがに今回は本番なので、この前のように、彼女が俺を見捨てるような真似はしないだろう。そう願いたい。


「それでは、諸君の健闘を祈る。解散!」


 王の号令と共に、それぞれ部屋を出た。


 ここに戻ってくるのは久々だ。


 師匠のことで、彼らを説得するのに時間が掛かった。

 そして今の会議が終わり、俺はしばらく解放された。


 今度はいつ、戦いに駆り出されるか。

 それは恐らく彼女次第だ。


 胸の中がソワソワして落ち着かない。

 確かに逃げ出した時よりかは、少しは勇者らしくなったかもしれない。

 でも、やっぱり怖い。魔王の強さが計り知れない。


 もしかしたらレヴェッカですら敵わない相手が……いや、考えるのは辞めておこう。


「あの、勇者様?」

「うわっ、ど、どうしたんだ急に?」


 レヴェッカのことを少し考えていると、彼女本人が話かけてきた。

 身長差もあってか、上目遣いの顔が愛らしい。やはり王宮で見る彼女は一味違う。


「良かったら汗を流しませんか? 何日もお風呂に入っていないでしょう?」

「おお、風呂か。それはありがたいな」


 っていうかそもそも風呂の概念があったのか。


「ついて来てください。ご案内します」





 ……あの? ここは天国ですか?


「勇者様、すごい汗ですね。大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ぜ、全然大丈夫。ちょっと緊張してな」


 俺は湯煙の中、木の椅子に座る。

 ダランと丸めた背中を、柔らかいタワシのようなものでこすってくれるのはレヴェッカだ。


「さぁ、背中は終わりましたよ。前を向いて下さい」

「え? ま、前ですか?」


 俺は大きく深呼吸して、椅子の上をなぞるように回転し、前を向いた。

 白いタオル1枚で体の大事な部分を隠す、レヴェッカそこにいる。


 う、うおおおお!! ち、近い。俺の鼻息が、彼女に当たるぅ!


 彼女は優しい手つきで俺の体の前面を擦る。

 石鹸の香りに包まれながら、こっそりと彼女の際どい部分をチラ見しつつ、何とか理性を保つ。

 ――耐えろ俺。もし、彼女に殺されるぞ。我慢するんだ。


「この三日間で少し痩せましたか? 何だか、たくましくなった気がします」


 そう言って俺の胸を撫で回すように触った。

 なんなんだ彼女は!? どれだけ俺の心をもてあそべば気が済むんだ。


「それでは、お流ししますね」


 俺のよこしまな心は、泡と共に流れていった。


「あの、勇者様。お手をわずらわせますが、私の背中もお願いして良いですか?」

「あ、ああ。勿論」


 彼女は背を向き、体に巻いていたタオルを取った。


 傷のない綺麗な背中だ。やっぱりレヴェッカはお姫様だ。

 彼女のこの美しい体。傷付けるわけにはいかないな。


「なぁ、レヴェッカ。俺はまだ頼りないかもしれないけど……それでも精一杯、君を守るよ」


 やばい、やってしまった。良い歳して気色悪いこと言っちまった。

 笑われないかな、彼女に。


 彼女は黙ったまま、何も返してこなかった。


「じゃあ、背中流すぞ」

「……はい」


 彼女の背中に桶に溜まったお湯を流す。

 白くて綺麗な肌が現れた。


「あれ、ごめん。強くこすり過ぎたか? 背中が赤くなってる」

「いえ、いや……そういうことにしておいて下さい」


 気のせいだろうか? いつも余裕のある彼女がどもったような気がする。


「勇者様、頑張りましょうね」

「ああ、俺なりに頑張ってみるよ」






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