第8話 天国と地獄

「ぐああああっ!」


 全く反応出来なかった。気がつけば俺は吹っ飛ばされていた。


 一体何をされたんだ……


 アポロメアとレヴェッカの姿が見えない。どれだけの距離を飛ばされていたのか――


「本当だーーこいつ、まだ生きているぞ」

「なっ……ア、アポロメア」


 巨大な怪人は突然目の前に現れ、そして俺の顔面に拳をぶち込んだ。

 お、終わった。今度こそ死んだ。


「あれ、生きてる?」

「なんでピンピンしてんだよおおおお! 早く死ね、死ねぇ!」


 彼は俺の両足を掴み、体を鞭のように振り、何度も何度も地面に叩き付ける。

 何度も何度も地面とキスするが、何故か痛みが無い。


「馬鹿正直に攻撃を受けないでください、勇者様。いくらあなたにとはいえ、そろそろ効果が切れてしまいますよ」


 彼女の声が耳に通った。

 その声の主を探すと、レヴェッカは俺が叩き付けられる横で、腰を下ろしてその様子を見守っていた。


 クソっ、見ているなら助けてくれよ。


「頑張って下さい勇者様! あなたならきっと窮地を脱することが出来ますよ」


 ――自力でなんとか、するしか無いのか。


 俺の唯一の武器はこれだ。『ヤンバルクイナ』とか言うふざけた名前の剣。


 剣を抜いた。

 俺はアポロメアに叩き付けられながら、剣を振り回す。

 遠心力が邪魔して、こいつの腕に剣先が到達しない。ヤバい、このままじゃ――


「あっ、しまった!」


 手が滑って剣を落としてしまった。剣は空を描きながら、地面に突き刺さる。

 俺は唯一の武器を失った。


「レ、レヴェッカ……その剣を取ってくれ」

「それは無理です。あの剣は勇者様しか扱えません」

「じゃ、じゃあ、助け……て」

「お断りします。自力で脱して下さい」


 そ、そんな殺生な……


 少し、痛みが付いてきた。

 彼女が俺にかけたと言う防御魔法の効果が切れかかっているのか?


 まずい、このままだと本当に死んでしまう。


「戻ってこい! 俺の剣!」


 俺は揺られながら、地面に突き刺さる剣の方に手をかざす。

 勇者にしか扱えないのなら、こういった能力があっても良いはずだ。


 クソ、全然来る気配がしねぇ。


 もうダメか、お終いなのか。

 もう一度彼女の方を見る。

 景色が上下するので上手く顔が見えないが、彼女は微動だにしない。本当に助ける気は無いのだろうか?


「もう良い! 自力で何とかする!!」


 剣は無いが、柄がある。

 俺は叩き付けられながら、冷静に腰の柄を取る。

 今度は落とさないように、柄の紐を手に巻き付ける。


「食らえええ!!」


 その紐を持ちながら、柄を地面に叩きつける。

 アポロメアの叩き付ける馬鹿力も相まって、柄は地面を反射し、勢い良く上空にあがった。


「グ、グアアア、め、目があああ!!」


 柄はアポロメアの目に刺さり、ヤツは思わず俺を手放した。

 ある意味片腕だったから上手くいったようなものだ。とにかく俺は脱出に成功した。


 俺はそのままストンと地面に落とされ、砂を飲み込んでしまうが、この好機を逃すわけにはいかない。

 口の中の砂を吐き出しながら起き上がり、地面に刺さった刀を引っこ抜く。

 目を抑える化け物目掛けて、声を上げながら斬りかかる――


「うおおおおおおお!!」

 すまん。俺も必死なんだ、これで終わってくれ。


「舐めるなよ小僧」


 アポロメアは口から業火を吐き、それに怯んだ俺を殴り飛ばした。


「が、あがっ……」


 い、痛い……マズい。今ので完全に防御魔法が切れた。

 だが、アイツのことだ。必ず追撃が来る――クソっ、起き上がれ俺。まだ諦めるんじゃねぇ!


 息を切らしながら、起き上がり剣を構える。

 もう目前にアポロメアが迫っていた。


 ――こんな相手、どうやって倒せば良いんだよ……


「素晴らしいです、勇者様」

「……って、あれ?」


 アポロメアが、凍りついたかのように静止している。

 彼の背後から拍手をしながら現れたのは、レヴェッカ。なんだ、その構図は。まるで君が全ての黒幕みたいだぞ。


「本当によく頑張りました。柄を当ててから剣を取る動き、素晴らしかったです。強いて言うなら、その後叫んでしまったのがマイナスですね。あれだと敵にバレてしまいます」


 色々と文句を言いたいが、もうそんな元気もなかった。

 生死の淵を彷徨ってしまったので疲れた。俺は脱力して膝から崩れ落ちた。


「お疲れ様です。一度休憩にしましょうか? お昼ご飯を用意しています」








 ここは天国か地獄か? 俺は今荒れた地でお姫様とピクニックをしている。

 彼女はまた、何処からともなくレジャーシートのようなものと、バケットを取り出した。


 俺は彼女の膝の上に首を置き、彼女を見上げている。いわゆる『膝枕』と言うやつだ。

 下から見ても、本当に美しい女性だ。今までのことを全部水に洗い流したくなるくらいだ。


「はい、治療は終わりましたよ。起き上がれますか?」

「ごめん、無理。もうちょっとこのままでも良い?」


 俺はひと時の幸せな感触に甘え、嘘を付いてしまった。だって、柔らかいし良い匂いするもん。こんなの我慢できねぇよ。


「もう、しょうがないですね。ご飯は食べますか?」

「うん、食べりゅ」


 つい気が緩み、幼児退行してしまった。だが、彼女はそんなことも気にせず、普通に接してくれる。

 そうだよな。これが普通の勇者とヒロインだよな? あんな地獄のような経験は全て幻覚だったんだよな?


「はい、お口開けてください。あーん」

「あーん」


 彼女がサンドウィッチを食べやすい様に、細かく千切って俺の口に入れてくれた。

 なんて、なんて幸せなんだ。


「美味しいですか?」

「うん、おいちい」

「良かった。私と妹のレイナの二人で作ったんですよ? お口に合って良かったです」


 レイナちゃんか……顔がよく思い出せないがありがとう。二人が頑張って作ってくれたものだ。美味しくないわけがない。


 なんだか、安心したら眠くなってきたな。


 俺の意識は段々と薄れ、そして途切れた――



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