第6話 レヴェッカ姫

 俺は彼女に逃げ出した理由を正直に話した。

 彼女は優しい表情のまま、黙ってその話を聞いていた。


「俺は勇者なんかじゃ無い、ただの一般市民だ」

「そうですか。よく正直に話してくれましたね」


 彼女はそう言いながら、チンピラから奪って来たカギを使い、俺の枷を解いてくれた。

 そして呪文を唱え、俺の体が謎の光に包まれた。

 体の痛みが引いた――治癒魔法だろうか?


 何はともわれ、俺は解放された。


「俺はこれから、どうすれば良い?」

「いきなり魔王と戦えと言うのは無茶な話でした。これからゆっくり、戦い方を覚えていきましょう」

「あれ? もしかして俺、勇者ってことにされてる?」


 あれだけ戦えないことを説明したのに、彼女はまだ俺のことを勇者と言い張る。

 無茶な話だ。恐らく俺は君より弱いぞ?


「勇者様、これを」


 すると彼女は、またどこからとなく大きな剣を手に出して来た。

 召喚なのかアイテムボックスなのか知らないが、便利な能力だな。


「これは?」

「魔を滅する神剣『ヤンバルクイナ』です。本物の勇者様であればその剣の鞘を抜くことができるはずです」

「ヤンバルクイナ!?」


 沖縄の鳥の名前だったか? まぁそんな偶然はたまにあることだ。

 レヴェッカは少し驚いた顔でこちらを見ている。

 辞めろ、たまたま知っていたやつと名前が一緒だっただけだ。


 俺は嫌々ながら、その剣を受け取った。

 不思議なこと、やけに手に馴染む。まるで使い慣れた野球のバットみたいな感覚だ。


「あ、抜けた。へぇー綺麗な剣だな」


 剣はすっぽりと抜けた。その綺麗な剣身に少し心が踊る。


「や、やはり本物……あなたは本物の勇者様です!」

「ちょっと、今剣抜いたから危ないって」


 彼女は嬉しそうに俺の腕に抱きついた。

 腕から柔らかい感触を感じ、気持ちが高ぶる。


「自信を持ってください! あなたは選ばれた勇者様なのですから」

「そ、そうか。俺は勇者なのか」


 正に『飴と鞭』――今俺は甘い飴を味わっている。

 あれだけ嫌だった魔王と戦うことも、なんだかやれそうな気がして来た。


「では服に着替えてください。一度王宮に戻りましょう」





 部屋を出ると、外は日が昇っていた。もう朝なのか。

 目の先に城が見える。歩けない距離じゃなさそうだ。


「本当は空間移動魔法を使っても良いんですけど……せっかくだし、歩きましょうか?」


 俺は剣を腰に刺し、彼女の横を歩く。

 しばらく歩くと、昨日の夜に訪れた城下町に到着した。

 昨日は暗くてよく分からなかったけど、綺麗に整備されていて本当に良い町だ。


「あ、レヴェッカ様。おはようございます」


 住人が彼女に話しかけて来た。彼女は当たり障りのない返事をする。


「横にいる方はもしかして、勇者様ですか?」

「ええそうです。ついに勇者様が天よりやって来てくれました」

「なんだって?」「勇者様!?」「おい、みんなこっちだ!」


 騒がしくなってきた。俺はあんまりこういう目立つのは好きじゃないが、気分は悪くない。


「あれ、あんた昨日の?」

「兄ちゃん、勇者だったのかよ!? って、あれ?」

「「言葉が通じるのか?」」


 昨晩、道を聞いたおっさんだ。昨日はよく分からない言語で話されたので、会話ができなかった。

 なのに何故急に日本語が通じるんだ?


「ああ、それは私の『補助魔法』です。自動オートで私の半径1kmの全ての生き物と会話が可能になりますので、私のそばから離れないでくださいね?」

「え、マジ?」


 レヴェッカはとんでもないことを口にした。

 そういえばあのチンピラと会話ができたのは、彼女が現れてからだ。

 それにしても、それってチート過ぎないか?


「正確には今現在、私たちと勇者様で別々の言語を喋っています。私の補助魔法で互いの思想を読み取り、変換して独自言語として会話を成立させています。これによって魔族や動物とも会話が可能です」

「え、君凄すぎない? しかもさっき、チンピラたちに重力的な魔法使ってたし」

「『重力』? とは何か存じませんが、あれはただの氷結魔法です。『氷結』は言ってしまえば『停止』。大気を空中で停止させて、体をその上に乗せただけですよ。初歩的な魔法なので、今度勇者様もやってみますか?」


 何というか、頼もしすぎる子だな。

 なんだが彼女と一緒なら、やれそうな気がして来た。


「王女様、勇者様、よろしければこれを」

「ありがとうございます。丁度お腹が空いていました」


 一人の女性が、彼女と俺にそれぞれバケットに入ったパンを差し出して来た。

 彼女はニコリと微笑み、それを受け取ると一口頬張った。


「お口に合えば良いですけど」

「とても美味しいですよ。ほら、勇者様も一口どうぞ」

「じゃあ遠慮なく、いただきます」


 ――うっ、なんだこれ、全く味がしない。むしろ不味い。


「どうですか?」

「いや、う、美味いよ」


 嘘を付くしかなかった。

 昨日食べた王宮の料理は美味かったが、庶民の食べ物とはこんなものなのか。


 きっとレヴェッカも気を使って食べたのだろう。彼女の舌に合うはずがない。


「あれ? 全部食ったのか?」

「勇者様は食べないのですか? 朝から何も食べていないでしょう?」


 彼女は嫌な顔せず完食していた。

 男として恥ずかしくなった俺も、その女性の前で全て平らげた。


「ではみなさん、ごきげんよう」


 しばらく話し込んだあと、俺とレヴェッカは住民たちと別れて、再び城を目指した。

 二人っきりになったところで、彼女の方から口を開いて来た。


「どうでしたか、町は?」

「うん、みんないい人で良かった。確かに俺がみんなの平和を守らなきゃ――そう思ったよ」

「やはりあなたは、本物のですね」


 なんだか照れ臭くて背中が痒くなるな。

 確かに俺は間違っていたのかもしれない。俺が選ばれた勇者なのだから、俺がやらなきゃいけない。


「ただ……」

「ただ?」

「ただ、パンは不味かったけどな。あれは正直、君の舌には合わなかっただろ? 味もしなかったし」

「美味しかったですよ」

「え?」


 彼女が振り向く。背中を差す太陽の光が、後光のようにキラキラと彼女を輝かせる。


「確かに味はしませんでした。でも、彼女が頑張って作ったものです。美味しくないわけがないでしょう?」


 彼女が、民衆に慕われている理由が分かった気がする。彼女はみんなのことが好きだ。だから、みんなも彼女のことが好きなんだ。

 怒ってはいたかもしれないが、あのチンピラたちに怪我一つ負わせなかった。彼女にとって、彼らも愛すべき存在なのだから。


 ――「この子は少し変わっているが……」


 王様オヤジさんがそう言っていたが、確かに彼女は少し変わっているところがある。

 でもやっぱり、彼女はーー


「さぁ、城門が見えて来ましたよ。走りましょうか!」

「おい、待ってくれよ」


 彼女はとても良い人だ。

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