第5話 ヤバい女

「なんだぁ? 騒がしいぞ」

「どうした、何かあったか?」


 俺の嗚咽を聞いて、俺を監禁したチンピラどもが様子を見にやって来た。

 どういうことだ? こいつら急に日本語で話し始めたぞ。


「なんだこの女!? テメェ、どっから入って来やがった」

「あなたが私の勇者様を拉致したのですか?」

「おい、どうやって入って来たか聞いてんだよ! お嬢さん、怪我したくなかったら俺の質問に答えろ」

「質問しているのは私ですよ? 『はい』か『いいえ』で答えてください」

「ふざけてんのか、この女?」


 レヴェッカはかなり強気な態度を取っているが、この状況はマズイぞ。

 か弱い女の子が、大人の男2人を相手にするのは。


「この女、かなりの上玉だ。こいつは名のある貴族かもしれねぇ……それにこの美しさ」

「確かに。こいつはかなり楽しめそうだな。ぐへへ、覚悟しろよお嬢さん」


 ヤバい展開になって来たぞ。俺が、連中の気を逸らさないと。


「おい、チンピラども! この子は関係な……え?」


 とんでもない光景が目の前に広がった。

 チンピラ2人が、宙に浮いている?


「あれ、ど、どうなってんだ?」

「おい、俺たちなんか浮いてんぞ!?」


 2人は声を荒げながら手足をバタバタさせるが、地面を掠めることもできない。

 やがて彼らは一回転して、逆さ吊りの状態になった。


「勇者様を拉致したのはあなた達ですか?」

「ま、まさかこれ……テメェの能力か?」

「あの、会話できますか? 私は質問をしているんですけど。

 早く答えてくれないと、頭に血がのぼって死んじゃいますよ?」

「ヒッ、ヒェ……」

「頼む、助けてくれ」

「質問に答えてください。『はい』ですか? 『いいえ』ですか?」

「「は、はいいいいい!!!!」」


 レヴェッカはこちらに背を向けているので、彼女が今どんな顔をしてそれを言っているのか分からないが、連中の蒼白の表情がそのヤバさを物語っている。

 さすがにやりすぎだ。


「おい、レヴェッカ、いくら何でも」


「勇者様の枷のカギはどこですか?」

「はい、いいえ?」

「あなた馬鹿ですか? 応用を利かせてください。別に今は『はい』『いいえ』で答える必要はないでしょう?」

「カギは、兄貴が持ってます」

「分かりました。では兄貴さんのところまで案内してください」


 彼女は一人の男を宙に浮かせたまま運び、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 俺はその迫力に押されてしまい、何も言うことができなかった。


「おい、なんなんだアイツは?」


 部屋に逆さまのまま放置された、もう一人の男が話しかけて来た。


「いや、俺もよく知らねぇよ。昨日会ったばかりのお姫様だよ。こっちが聞きたいくらいだ」

「そうか。ところで、なんで急に言葉が通じているんだ?」

「それも知らねぇよ」


「ぎゃあああああああ!!」


 部屋の外から悲鳴が聞こえた。どうやらあのお姫様、兄貴というやつにも何かしでかしたらしい。


「ちょ、ヤバい、ヤバいって、俺殺されるのか?」

「知らねぇよ」


 椅子に縛られた男と逆さに吊られた男は、それぞれ思惑を巡らせながら彼女の帰りを待つ。


「なぁ、すまなかったよ。俺たちだって好きでこんなことやってるわけじゃない。仕事が無いから仕方なくやっちまったんだ。本当に悪かった。だからさ、き、君からあの子に言って……」


 俺は何も言い返せなかった。さすがに殺すまでのことはしないとは思うが、俺はレヴェッカのことをよく知らない。こいつらのことは許せないが、ちょっとは痛い目を見てくれとは内心思っている。


 静寂に包まれた中、こちらに近づく足音がコツコツと聞こえてきた。


「う、うわあああ、き、来たああああ!!」


 こいつにとってはさしずめ死神の足音だろう。

 俺にとっては救いの足音だ――今の所は。


「お待たせしました。大体の経緯は聞かせて頂きましたよ」

「あ、あの2人はその後どうしたんだ?」

「どうしたって? 眠って頂きましたが?」

「ヒッ……」

「あれ? 気絶してしまいましたか」


 男は恐怖で気を失った。

 それを確認すると、彼女は男を宙に浮かせたまま部屋の外に追いやった。


 なんだか少し怖くなって来た。彼女は俺の味方なんだよな? 助けに来てくれたんだよな?


 再び彼女が部屋に戻って来た。


「まさか、本当に殺して無いよな?」

「何を言っているのですか? 私は眠らせただけです。彼らは今ぐっすり眠っていますよ? あんな人たちですが、私の愛する民です。傷付けるわけ無いじゃないですか」

「そうか、良かった」


 彼女の強引なやり方はどうであれ、ある意味血を流さずに解決した最適の方法だったかもしれない。

 俺は一安心してため息をついた。


「ところで勇者様、夜中に城下町にいたらしいですね? どうしてそんな所にいたんですか?」

「そ、それは」

「まさか、勇者様とあろうお方が、尻尾を巻いて逃げ出した……とかは無いですよね?」


 彼女のその笑顔が怖い。

 これは正直に答えるべきか――いや、それを言うと彼女怒るんじゃ無いか?


 俺が返答に困っていると、彼女は突然てのひらに天秤を出して来た。

 は急にどこからとなく現れた。手品なんかじゃ無い、魔法か何かだろうか?


「どうして答えられないんですか? もしかして覚えてなんですか?」

「そ、そうだ。気が付いたら外に居たんだ!」


 咄嗟に口が滑った。でも言い訳としては最適解だったかも知れない。

 だが、


 彼女の持つ天秤が傾いた。


「勇者様、嘘をつきましたね?」

「え? あっ……そ、その……」


 彼女の表情は変わらない。変わらないがゆえにもの凄く怖い。


「どうして本当のことを話してくれないんですか? 何か後ろめたいことがあるんですか?」


 彼女はそう言って俺に近寄る。頭の後ろに手を回して、息が顔にかかる距離まで接近した。

 顔が近い。本来は嬉しいはずだが、今はそれどころじゃ無い。怖くて目が開けれない。


「『手』か『足』、どちらが良いですか?」

「そ、それってどう言う」

です」


 耳元でそれを聞かされ、恐怖で喉から全力で叫んだ。

 全身が震え、脳が暴走する。


 あまりにもうるさかったのか、彼女に口を塞がれた。

 そして彼女が耳元で優しくささやく。


「落ち着いて、深呼吸をして下さい。爪を剥ぐのは冗談です。私は勇者様の味方ですから」


 そう言って彼女は俺の背中を優しくさすった。言われた通り深呼吸すると、段々気持ちが落ちつて来た。


 そして気持ちが落ち着いた俺は、彼女に本当のことを話した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る