第4話 街のチンピラ

 うげっ、馬車ってめちゃくちゃ揺れるんだな。気持ち悪い……


 その激しい揺れがおさまったのは、城から脱走してから10分ほど経った頃だった。

 緩やかな動きになったので外を見る。


 町だ――恐らく城下町と言ったところだろう。

 町中の街道に来たので、馬車の速度がゆっくりになったのだ。


 本当はもっと遠くに逃げたかったが、仕方ない。

 降りられる速度の今がチャンスだ。


 俺は周りに人がいないことを確認してから、荷台の上から飛び降りた。


「よし、やったぞ!」


 小さな声でガッツポーズした。今度は服を着てきちんと異世界に着地している。

 魔王と戦う使命も無い。

 俺の異世界生活はここからスタートする。

 世界が終わるその日まで、俺はひっそりと過ごす。


「全然平和そうだよなぁ。本当に魔王とかいんのかよ」


 活気の溢れる町。

 夜も遅いのに、町は人で賑わっていた。

 もしかすると、何かお祭りでもあったのか? 勇者オレを讃える……いや、まさかな。


 とりあえず乗り物酔いで気持ち悪い。

 どこかで休みたいが金が無い。服でも売れないだろうか?


 今着ている服は王室の質が良いものだ。周りの庶民の質素なものとは明らかに違う。

 上着くらいなら売っても良いだろう。


 こういう時は、誰かに聞くべきだよな――

「あの、すいません」


 人当たりの良さそうなおじさんに声を掛けてみた。

 返事は無い。声が小さかったのか?


「あの! すいません!! 聞きたいことがあるんですけど!!」

「……ん?」


 おじさんが振り向く。どうやら気付いてくれたようだ。


「この辺に、服を売れる店とか無いですか? 質屋とか」

「ああん?」

「服を売れる店です。知りませんか?」

「コンダパルソニクア、ケンチャパントルノ?」

「……はい?」

「ヌッワイントペクチェドルファ。ソルカノント」

「え? 何語?」


 聞いたこともないような言語で話してきた。

 困惑する俺を見兼ねたおっさんは、周りの人を呼んでくれたが、誰とも言葉が通じなかった。


 ――どうなってんだ? 庶民は言語が違うのか?


 あまりにも人が群がってくるので、気恥ずかしくて少し申し訳なくなった俺は、頭を2、3回下げて、その場を離れた。


 ここは違う国なのか? あの城は国境沿いにあって、こっちは外国。だから日本語が通じなかったのか?

 じゃあ逆に、なんであの王族だけ日本語が通じるんだ?


 俺は落胆と困惑をしながら、行く宛も無く町中をトコトコと歩く。

 これからどうしようか……



「クルジャカヌ」

「えっ?」


 気が付くとそこは町の外れの薄暗い路地。

 あまり素行がよろしくなさそうな連中に囲まれていた。


「クルジャカヌ」

「……何言ってるかワカンねぇよ」


 人数としては3人か。

 チンピラに絡まれるなんて、まるで主人公みたいじゃないか。


「クルジュカリント!」

「え、ちょ、ナイフ!?」


 男が果物ナイフのようなものを出し、俺の方に向ける。その剣先は月明かりを反射して目立つように輝く。


 この状況はもしかすると能力が覚醒するフラグなのかも知れない。

 ――試しに何か唱えてみるか


「ファイヤー、サンダー……ヘルフレイム! えーっと、エターナルフォースブリザード!!」

「ナチクロウジャント?」


 やっぱりダメだ。何も出る気がしない。

 こりゃお手上げだな。


「分かった。降参だ。服を脱げば良いんだろ?」


 俺が襲われたのは、身なりが良いからだろう。

 今は一文無しだし、連中も金が無いと分かったら諦めてくれるだろう。


 服を男の前に脱ぎ捨て、下着だけの状態で両手を挙げる。

 一人が俺にナイフを突きつけ、一人は服を、もう一人は俺のボディーチェックをする。


 さすがにこの後、殺されるとかは無いよな? それだったら笑えるくらい不幸だ。一日に二度死ぬなんてあり得ない――


「グルパタント」

「え?」


 ゴチン! 

 ――脳天に受けた衝撃と共に、目の前が真っ暗になった。





「うっ」

 冷たい衝撃で目が覚めた。

 頭に水を掛けられ、無理やり眠っているところを起こされたようだ。


 薄暗くて肌寒い部屋。椅子に座らされているが、手足を鎖で固定されている。

 そしてさっきの3人が俺の目の前にいる。

 これは非常にマズい。嫌な想像しか働かない。


「ブルンダンコケ?」

「だから、何言ってるかワカンネェって」


 減らず口を叩いていると、1人の男にビンタをされた。

 痛い。一体これから何が始まるのだろうか……


「うぐっ」


 次は腹にパンチを入れられた。

 一瞬息が止まった後、腹の奥から痛みが充満する。


 ――こんなことになるなら、城の中で素直に眠っていたら良かったかもな


 完全に早とちりだ。右も左も分からない異世界で、誰の助けも借りずに生きる。

 もっと慎重に、あの王族の援助を得て、この世界のことをよく知ってから、判断すれば良かった。


「バカだよなぁ、俺は」


 何時間くらい経っただろうか。連中は一度部屋を出て、それから帰ってこなくなった。

 鎖でしっかりと椅子に固定されているので逃げれない。休みたいが、痛みで眠ることもできない。

 このまま放置されたらどうなる? まさか餓死――


「こんな死に方アリかよ……助けてくれよぉ、神様ぁ」


 諦めかけたその時、突然床が光り出した。

 何かの模様――魔法陣とかか?


 その光と共に、彼女が現れた。


「探しましたよ」


 ――どうして君が、こんなところに?


「勝手にいなくなって、捕まるなんて、勇者様も困った人です」


 監禁された部屋の中に突然、レヴェッカが現れた。


「こんなにボロボロになって、可哀想に」


 幻なんかじゃ無い。彼女が俺の頭を撫でる感触が確かにある。

 その優しい手の感触は、俺の涙腺を崩壊させる。


「うおおおおお、オヴェ、れ、レヴェッカしゃん!!」

「よしよし、何もそんなに泣くことは無いですよ」


 素直に女神様だと思いました。


 だがこの時、俺はまだ知らなかった。

 彼女の本当の恐ろしさを――

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