第3話 王宮

「改めて自己紹介しよう。私がブリュナンデ王国の国王、バッファー・ブリュナンデだ」


 彼はそう言って握手を求めてきた。勿論断れるはずもなく、右手を差し出し握手を交わした。


「へぇーあれが」「レヴェッカが言っていたのは本当なのか」「弱々しく見えるけど大丈夫か?」


 周りから色々なひそひそ話が聞こえる。

 なんだか公開処刑をされているみたいで気恥ずかしいな。


「勇者殿、簡単ではあるがわが家族を紹介しよう。おいみんな! 勇者殿に挨拶するのだ」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 テーブルに座る全員が一斉に起立した。

 そして俺の前に列を成し、その全員による握手会が始まった。


「第一夫人のプリムラです」

「あ、どうも」

「長男のゲイルだ。よろしく頼む」

「はい、よろしく」

「五女のスカーレットです」

「あ、はい。よろしく」

「八女のレイナよ。先ほどはどうも」

「ああ、君さっきの子か。よろしく」

「第七夫人のラインです。こちらが十三男のガイムです」「だぁーー!」

「よろしく。で、君もよろちくねーー! いないいないばあっ!」


 ーーちょっと待て、どんだけいるんだ。終わらないぞ。

 あのおっさん、やることやってやがるな。徳川家斉(※徳川11代将軍。子供が53人いた)かよ。


「……はい、よろしく。で、君が最後か」

「三女のレヴェッカです。これからもよろしくお願いしますね」


 うん、ヤバい。間違いなく彼女が一番かわいい。


 あれだけ一遍に挨拶されると、顔と名前がほとんど一致しないが、彼女の名前と顔だけは一生忘れないと思う。


「勇者殿はここに座ってくれ、話がある。レヴェッカは私の隣に座りなさい」


 王の右側に俺、その反対の左側にレヴェッカが座った。


 そして王がそれっぽいことを言って手を合わせると、全員が合掌したあと食事を始めた。

 遠慮なく食えと言うことなので、俺も頂くことにした。

 周りを見渡すと、さすが王族。気品の漂う作法でフォークとナイフを操る。優雅な演奏クラシックも相まってその光景が映える。

 こんなことならテーブルマナーでも覚えておけば良かったな。


「さて、早速ではあるが話とは、この世界のことについてだ。勇者殿は別の場所からこの世界に来たのだろう?」

「そうですけど、なんで分かるんですか?」

「この世界に伝わる伝承です」


 そう言ったのはレヴェッカだ。彼女はすました顔で口元に付いたソースをナプキンで拭き取っている。


「今はこうして平和に食卓を囲んでいるが、実は今世界は滅亡の危機に瀕していてな」


 ゴクリと唾を飲み込んだ。神妙な顔で王は続ける。


「封印されていた七人の魔王が復活してしまった。我々は既に軍を投入しているが、連戦連敗でな。このままだとこの世界はやつらに支配されてしまう」

「そこで私が伝承に乗っ取り神に祈りを捧げ、勇者様を召喚したと言うことです」

「頼む、勇者殿! この世界を救ってくれ」

「お願いします。勇者様」


 やめてくれレヴェッカ。そんな目で見つめられると、男として断れないじゃないか。


「う、うん」

「本当か!? 勇者殿。感謝する」

「良かった。一緒に頑張りましょうね」

「一緒に?」

「そうだ。この子は少し変わっているが、魔法の才能は凄まじいものがある。きっと役に立つから連れて行くといい」

「はぁ……」


 生返事で答えてみたが、実際に彼女と討伐の旅に出られるのは結構いいかもしれない。

 彼女もこちらを見て優しく微笑んでくれている。


「詳しくは明日話そう。今日はゆっくり英気を養ってくれ」




 その食事会のあと、俺は執事に客室まで連れていかれた。

 部屋で一人になると、しっかりと手入れの施されたベットの上に大の字で寝転がる。


 とんでもない一日だったな。アパートの階段でこけて、異世界に転生して、猪に追いかけられて、王宮に招かれて――

 そしてレヴェッカ、彼女の笑顔が忘れられない。


 恐らくこれから過酷な戦いになるだろう。俺は彼女を守ることができるだろうか?







 ……なわけねぇだろ!


 魔王と戦えだ? 冗談じゃねぇ! 俺はなんの能力も無い、戦いの素人だぞ。


 俺はベッドから起き上がり、音を立てないように、ゆっくりと客室のドアを開ける。


 正直あの話を聞かされてから、食事が全く喉に通らなかった。

 笑顔で見繕っていたが、俺の内心は穏やかじゃ無い。


 ――今朝死んだばかりだぞ? 転生してまた死ぬなんてゴメンだ。


 ロウソクの灯りを頼りに、薄暗い廊下を突き進む。

 執事に案内される途中で、脱出ルートは確認済みだ。


 確か2階に大きな窓があった。そこならあの大広間の前を通る必要がない。

 そこから出ればバレないはず――


 レヴェッカすまねぇ、精々頑張ってくれ。

 なんだかんだで、初対面の君よりも自分の命の方が大事だ。


 目的の窓に到達し、ゆっくりと降りる。

 柔らかい土がクッションとなって、落ちた衝撃と音は響かなかった。


 あとは城壁から脱出するだけだ。何か方法は無いか?


 辺りを見渡す。暗くてほとんど何も見えないが、一点だけ光っている場所があった。


 ――あれは、馬車か?


 何やら馬主は城の人間と話し込んでいるらしく、馬車がまだ止まっている。

 荷物置き場は屋根が付いていて広い、恐らく物資を運ぶタイプのやつだろう。上手くいけば荷物に紛れ込んで脱出出来そうだ。


 俺は暗闇に紛れてながら、ゆっくりと忍び足で馬車の背後に近づく。

 よし、良いぞ。アイツら話に夢中で気付いていない。


 そして、乗り込むことに成功した。

 どうやら城に荷物を運んだあとらしく、荷台の中はほとんど空だった。


 うつ伏せの状態で、呼吸音を殺して出発の時を待つ。

 大丈夫だ、空の荷台を確認するやつなんていない。


 そして30分ほど時間が経ち、ようやく馬車が動き出した。

 荷台の隙間から外を見る。


 やった、やったぞ。城がどんどん遠くなる。


 俺は城を脱走した。





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