第2話 ヒロイン登場
いい天気だ――澄み渡った空。心地よく吹く風は……少し肌寒いが。
揺れる草むらの先には小さな村。まずはあそこに行ってみようか。
「いてっ」
小石を踏んでしまったようだ。思わず足の裏を確かめる。血は出ていないが小石の痕で凹んでいた。
この痛みが生を実感させてくれる。
確かに俺はこの世界で生きている。
この喜びを噛み締めるように、草原の中を走り回りたいが、流石にそれは無理だ。
……今、全裸だからだ。
いや、考えてみれば当然、転生とは本来こういうものであるはずだ。
服を着たままだったり、スマホ持ったまま転生なんて、ご都合主義にも程がある。
0歳児からスタートじゃなかっただけまだマシだ。
とはいえ――
せめて靴が欲しい。これじゃあ足元が怖くて歩けない。
やっぱり段々腹が立ってきた。最低限のマナーとして服くらいは用意すべきではないか?
こんな草原のど真ん中で全裸状態なんて、中々ハードモードだぞ。
ただ、今俺にある選択肢は一つしかない。なんとかしてあの村に到達すること。
適当に「追剥ぎにあった」とでも言っておけば、面倒を見てくれるかもしれない。
石を踏まないようにゆっくり、慎重に歩こう。
今、何時くらいか分からないが、日が暮れるまでにはなんとか村に到達したい。
ガサガサガサガサ……
後ろから草をかき分ける音が聞こえる。なんだろうか? 何かこっちに向かってくるような……
その音がする方向を振り向――「いやあああああああああああああ!!!!」
黒い毛並みの猪だった。こっちに来る、っていうかデカすぎるだろ。なんだあれは!?
足元を気にせずとにかく走った。
足の裏があちこち痛むが、アレに突進されるよりかはマシだ。
そうだ、あの林の中に逃げよう。狭い木の間までは流石に追ってこれまい。
わき腹が痛い! 全力で走るなんて何年ぶりだよ。
股に
全裸で何やってんだよ、俺。
背後から迫るプレッシャーはどんどん近づいてくる。だがそれよりも早く、なんとか林の中に――
ゴツン!
根っこに足が引っ掛かって転んだ――こけた時に大木に頭をぶつけてしまう。鈍器で殴られたような痛みが脳天を襲う。
「いっ……」
声にならない痛み。だがその痛みにかまけている暇はない。
振り返ると目前にはあの猪。
終わった。また死ぬのか……俺は……
目を瞑り、最後の断末魔を上げる。
「いやだああああ! 死にたくないいいいいい!!」
「あのぅ」
「うわあああああ!!!!」
「あの! 聞いてますか!?」
「え? あれ、ここは?」
狭くて薄暗い部屋――石畳の床が地肌に触れて冷たい。
そして誰かが俺に呼び掛けてきた。艶のある黒い髪の美しい人だ。この世のモノとは思えない
これはまるで――
「女神……様?」
「まぁ、お世辞が上手な方ですね。嬉しいですが私はただの
彼女はそう言ってにっこりとほほ笑んだ。
確かに女神様と言うよりかはお姫様と呼ぶべき、派手で上品な格好だ。
「お姉さま、まさかその方が?」
「ええ、私の予言通りですね。この方がそうです」
彼女の後ろ――これまた上品な10歳くらいの女の子が、俺を見て驚いている。
この子は彼女の妹なのだろうか? それに、部屋の奥にもう一人いるぞ。
「レイナはお父様に報告を。セバスチャンはこの方に何か着る物を差し上げて」
「うん、わかった!」
「かしこまりまいした」
彼女が命じると、その女の子と、奥の――初老の背広を着た執事の様な――男が部屋を出て行った。
恐らくあの女の子が『レイナ』で、執事のおっさんが『セバスチャン』だろう。
彼女と二人っきりになってしまった。
とりあえず股間が見えないように手で隠すが、彼女は特に気にする様子が無かった。お互いに沈黙のまま、目を合わせず誰かが来るのを待っていた。
この間が気まずいな。何か言わないと……
「あの、お姫……様? ここはどこですか? っていうかそもそもあなた誰ですか?」
「ここはブリュナンデ王国のお城の横にある地下倉庫です。私はその国王であるバッファー王の娘、『レヴェッカ』と申します。あと、さっきの女の子が私の妹『レイナ』で……」
彼女は口を開くと、色々なことを教えてくれた。
明るくて親しみやすそうな子で助かった。
「へーそうなんだ。で、俺はなんでここにいるんだろ」
「それは、私が召喚したからです」
「えっ、召喚?」「――お待たせしました。お召し物です」
執事のセバスチャンがこの倉庫に戻ってきたことで、俺の質問はそこで途切れてしまった。
「服が届きましたので、とりあえず着替えてください。さすがに裸の殿方相手は目のやり場に困ってしまいますので。お話の続きは着替えてから……ね?」
うぉーっ! 今ウインクしたぞ! ドキッときた。
レヴェッカ、なんてかわいい子なんだ。
とんでもないヒロインが現れたな。
俺はセバスチャンに手伝ってもらいながら、服を着る。
服を着て、靴を履く。これが本来人間のあるべき姿。
「着替えは終わりましたか? お食事を用意しています」
再びレヴェッカが倉庫にやってきた。
セバスチャンの方を見ると目で「どうぞ」と合図を送ってくれたので、遠慮することなく彼女に付いていくことにした。
倉庫を出て階段を上り地上を出ると、外はもう夕暮れ空。
体の寸法を取ったり色々としていたので、ずいぶん時間が経ったんだな。
綺麗に手入れされた庭を通ると、
「で、でけぇ」
石垣の巨大なお城の目の前に到着した。俺はとんでもないところに来たようだ。
観光客さながら、城の中をちらちらと見ていると、彼女が中央の部屋の前に止まった。どうやらここらしい。
コンコン
「お父様、お連れしましたわ」
彼女はその大きなドアをノックし、開ける。
お父様とは国王のことだろう。いよいよ王様とご対面だ。
富を誇示するかのような派手な装飾、背後に立つ召使の数。なんてことだ、音楽隊までいるぞ。
大きなテーブルの上には数えきれないほどの豪華な料理。どれも見たことのないものだが、見るだけで高級なことが分かる。
そして中央の奥――上座に座る初老の渋い男が口を開く。
「待っていたぞ、
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