痛み

 それから群衆の間からひとりの女性が立ち上がり、ムスタファーに言いました。「痛みについてお話しください」

 ムスタファーは答えました。

「あなた方が感じる痛みは、それはあなた方の理解を覆っている殻が壊れることです。

 果実の中心が土の暗闇から出て太陽の光の中へと現れるためにも、その果実を覆い隠している固い殻は壊れなければならないのです。それと同じように、あなた方もまた、せいの意味を知る前に、痛みがあなた方の殻を壊さなければならないのです。

 もしあなた方が、日々の生活の中で起こる驚嘆すべき物事に、思惟しいと驚きを通じてリアリティを付与することが出来たならば、ご自身の痛みを喜びよりかは不思議さに乏しいものだとみなすことはせず、むしろご自身の心の季節をも受け入れているでしょう。ちょうどあなた方が、人生が過ぎていく間に、ご自身の田畑を経過していった季節をそのまま受け入れてきたのと同じように。

 そして、もくしながら静かに、苦しみと痛みの冬[注1]に目を向け、その冬についてつらつら熟考していることでしょう。

 多くの苦しみについて、あなた方はそれらを取捨選択できる立場にあります。

 これら多くの苦しみは、それはあなた方の奥深くにいる賢明な医者が、ご自身の病める心の患部を癒すために処方した、猛烈に苦い一杯なのです。

 それゆえに、あなた方ご自身の心の医者を信頼しなさい。その医者が処方してくれたよく効く薬を信じなさい。そして静かに心安らかにその苦い一杯を飲みなさい。

 なぜなら、その医師の右手は、たとえ峻烈でしんどく見えたとしても、目に見えない優しいお方の右手で導かれているからです。そして医師があなた方に差し出す杯は、たとえ唇を火傷させるとしても、永遠なる陶物師すえものしがその両手で神聖なる涙によってこね上げた粘土から作られているからです」


注1:底本ではšiqāʾ「不幸」「不運」だが、正しくはšitāʾ「冬」であると思われる。英語版では、当該箇所はwinterである。

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