第20話 慧眼無双
陽一君の居場所はお兄さんが言っていた場所で間違いなかった。知らない人が何人かいたけれど、丁寧に理由を説明して説得してみたところ、何も言わなくなってくれたので陽一君を連れ出すことが出来た。
まだ小さいというのに物分かりが良いようで、私の話をちゃんと聞いてくれて理解もしてくれていた。お母さんに会いたいというので病院に連れて行ってあげたのだけれど、ベッドの上で動かないお母さんを見た陽一君はほんの数秒見ただけで病室を出て行ってしまった。
陽一君は部屋の前で私を待っていたようで、その小さい手を握ると力強く握り返してきた。そのまま一緒にエレベーターに乗って外に出ると、たまに見かける警察の人とすれ違った。私達には気付いていないのか、それとももっと重要な事があったのかわからないけれど、周りを気にせずに大急ぎでエレベーターに乗り込んでいた。
「お母さんもお父さんも元気だけど元気じゃないの?」
「それはどういう事かな?」
「わかんないけど、お母さんもお父さんも動いていなかったから」
「お父さんはここにはいなかったと思うけど」
「うん、お姉ちゃんのところにいるんだよね」
陽一君はニコニコしながらそう言うと、私の手を離してテクテクと前に歩いて行った。そのまま乗ってきた車に乗り込むと、それから私達の家に着くまで一言も話すことは無く、家に着いてからも無言で何かを見つめているだけだった。
視線の先を辿ってみても何も無いのだけれど、陽一君はそれを見ていると落ち着くのか、少しだけ緊張がゆるんでいるようにも思えた。
このままおばあちゃんのところへすぐに向かった方がいいのか、それとも少し休んでからにした方がいいのかわからないけれど、陽一君はこの家に何度も来ているかのようにおばあちゃんのいる場所へと向かっていってしまった。
「そのまま入ってきてもいいんだよ」
おばあちゃんが部屋の中から私達に声をかけてくれたのだけれど、陽一君は声を聞いて固まってしまっていた。
肩を叩いても反応が無かったので、顔を覗き込んでみると、その大きな瞳が異常なくらい泳いでいた。何を感じているのかはわからないけれど、おばあちゃんの声に過剰に反応してしまっているようだ。もしかしたら、声ではなくおばあちゃんの力に反応しているのかもしれない。
「入ってきてもいいんだけど、私が開けてあげた方がいいのかね?」
おばあちゃんの言葉に反応して襖が勢いよく開け放たれた。しかし、襖の近くには誰もおらず、自動で開くような装置も見当たらない。おばあちゃんが使役している精霊が開けたのだとは思うけれど、私にはその精霊の姿は見えないのだ。お母さんにもおばあちゃんの精霊は見えないようで、おばあちゃんのお母さんも見えなかったという話を聞いていたのだけれど、私のおばあちゃんはそんな特別な人らしい。
その代わり、おばあちゃんはそれほど霊能力は高くないらしく、私が困っている時の助言も他の人達とは違った視点から貰えているのだ。その助言は私を正しい道に導いてくれているのだから、私達はおばあちゃんを心から尊敬している。霊能力とは違う神聖な力に護られているのだろう。
「二人ともそんなところに立っていないで中に入っておいで。怖い事なんて何もないから安心していいんだよ」
私が部屋の中に入ろうとすると、陽一君は私の服の裾を掴んで引き留めようとしていた。私は逆にその手を引いて中に入ると、陽一君の体が小刻みに震えだし、顔には脂汗がにじんでいた。
「どうしたの? 大丈夫?」
私の問いかけが聞こえないのか、陽一君はまっすぐにおばあちゃんを見ているのだけれど、よくよく観察してみると、視線が少し高い位置に向いているように見える。そこにはおばあちゃんの描いた絵が飾ってあるのだけれど、その絵がそんなに気になるのだろうか?
「その子は危険だね。美春には相性の良くない相手だと思うから離れた方が良いかもしれないよ。まあ、今はそんなに気にする事も無いんだろうけど、これから何年かしたらきっと手に負えなくなっちまうさ。だからね、今すぐにとは言わないけれど、近いうちに何とかした方がいいと思うよ。いや、近いうちにどうにかしなさい」
「ちょっとまってよ、こんなに小さいんだから今から色々と教えたら大丈夫だと思うんだけど、それじゃダメかな?」
「その子は今からじゃ遅いんだよ。だって、その子は全部見ていたし、知っているんだからね」
「それってどういうことなの?」
「その子にはね、私とも美春とも違うモノが守護しているんだよ。それが何なのかはわからないし、どれだけ強い存在なのか見当もつかないんだよ。そんなモノが守護しているなんて反則に近い、いや、超ド級の反則技だね。この子はそれが普通だと思っているし、この子の両親はそれに気付いてすらいなかったんだと思うよ。美春も気付いていなかったみたいだしね」
「この子はいい子だし、なんでそんな凄いのが憑いているのさ?」
「それは私にもわからないけれど、その子の家系と父親がやっている事が関係あるのかもしれないよ。私だって何が守護しているのがわからないし、美春も知っての通り人より霊能力が弱いんだから感じる事だってないんだけど、私の精霊たちが一斉に騒いでしまっているからよほどの事なんだろうね。こんなことは戦争の時も世紀末の時もあの事件の時にもなかったんだけどね」
「あの事件って、日本だけじゃなくて欧州の能力者が集まって大天使の歌を止めたってやつ?」
「そうだよ、あの時は本当に世界が終わっちゃうんじゃないかと思っていたけれど、想定していたよりも少ない犠牲で済んだからかね」
「あの事件でこの世界にいる霊能力者が三割くらいしか生き残れなかったって聞いたんだけど」
「何があったのか私にはわからなかったけれど、天使の歌声が途中で止まってくれたおかげで封印出来たみたいだね。何で止まったのかはいまだに謎なんだけど、あのまま歌が最後まで続いていたらこの世界はどうなっていたのか、想像もしたくないもんだよ」
「どうして、それ以上の事を精霊さんは陽一君に感じているの?」
おばあちゃんはじっと陽一君の目を見つめているのだけれど、陽一君は一度もおばあちゃんの方を見ようとはしていなかった。何かを目で追っているようだけれど、その動きは虫や鳥を追っているモノとは違って、細かい方向転換が繰り返されているようだった。
「そうだね、大天使の歌も危険だけれど、それが合唱や楽団になってしまったら途中で止まる事は無いのかもしれないね。私の精霊たちが恐れているのはそれくらいだって言った事無かったっけ?」
「そんな話は聞いたこと無いけど、陽一君がそれを出来るってことなの?」
「さあね、そいつはわからないけれど、その子は私の精霊も美春の見える幽霊も見えるみたいだし、祖霊がの私達が見えない存在が見えているのかもしれない。って言ったら、多少は理解できるのかもね」
「それって、神様の世界が見えるってことなのかな?」
「その可能性はあると思うよ。その子の父親が家でやっていた事は知っているだろう?」
「ええ、守り神を集めて戦わせていたのよね」
「位が高くない神様かもしれないけれど、きっとその子が産まれてくる前から神様たちが身近にいたんだろうね。そんな環境で潜在的に能力が異常に高い子が育って行ったらどうなるんだろうね。今はまだ、私や美春でもなんとか出来るくらいの力しかないみたいだけれど、成長してしまったら誰の手にもおえなくなってしまうさ」
「でも、今からちゃんと正しい力の使い方を教えて上げれば大丈夫じゃないかな?」
「それは無理だと思うよ」
「どうして、私だってちゃんと正しい力の使い方を覚えることが出来たんだよ」
おばあちゃんは深くため息をつくと、今まで見た事も無いくらい悲しい視線を私に送ってきた。
「その子はね、全部見て知っているんだよ。私達がその子の父親にした事を、全部知ってしまっているのさ」
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