第11話 能力者

 俺の妻は入院している。色々あって入院することになったのだけれど、俺は自由にお見舞いに行く事も出来ないでいた。俺の家で殺人事件があったのだけれど、明確に犯人が誰なのかは人が死ぬところを目の前で見ていた警察ですらわかっていないようだった。直接手を出した人はいないし、遺体から毒物や致死量の物質などは検出されておらず、死因も不明のままらしい。


 目の前で亡くなるところを見ていた警察官も何が起こっているのか理解出来ていなかったようで、草薙の手足が順番に潰れていって、最後にはそれが草薙だと判別出来る人は誰もいないような状態になっていた。

 俺のかけた呪いを解く方法は一つだけなのだが、それを知ってか知らずか今となってはわからないけれど、その方法を草薙は自分ではなく俺の妻に行っていた。霊能力者としての力は未熟でも、それを専門に研究しているだけの事はあって、数少ない正解のルートを選ぶことが出来たのは立派だと思った。

 それでも、妻にもかけていた呪いを解いたのはやりすぎだったと思う。それさえなければ、もっと楽に死ねたと思うのだけれど、それは彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。

 やって来たのが草薙の長女ではなく三女だとしたら、この計画は早々に破綻していたと思うのだけれど、その辺を柏木が上手く調整してくれたのだ。

 柏木満智子は俺の大学の後輩で、何年か前に俺の会社の説明会に来た時に知り合ったのだけれど、会社とは関係なく個人的な関係を築いていく事になった。それは今も継続しているのだけれど、俺と柏木以外はそんな事は知るはずもないだろう。

 俺は月に何度か出張買い付けに行くのだが、その中の一日を柏木を過ごすことに使っている。大体は初日に会ってそのまま海外に出かけているのだけれど、俺は柏木に対して特別な感情を持ったことは無く、言ってみれば、妻には出来ないことを試すための手段の一つとして利用しているのかもしれない。その結果、草薙は死に、妻は入院することになったのだ。


 もう一度言うが、俺の妻は入院しているのに俺は自由にお見舞いに行くことが出来ない。なぜなら、俺も容疑者の一人だからだ。直接俺が殺したわけではないのだけれど、俺はその女を再起不能な感じにしてほしいとお願いしたことは事実だし、それを実行してもらったことも事実である。本当なら妻は苦しむことなく死ぬはずだったのだが、何の手違いでかはわからないけれど、妻は死ぬこと無くただ生き続けていた。自力で呼吸をする事も出来ず、体を動かすことも出来ず、言葉を発する事も出来ず、感情を表現することも出来ない、そんな状態のまま入院をしている。

 医者の話では脳も他の臓器も異常はないのだけれど、自力で何かをする事が一切出来なくなっているようだ。物を食べることも酸素を取り入れることも光を感じることも音を感じることも無いようだ。それでも妻は生きている。なぜなら、俺が死なないようにしているからだ。


 俺が仮に死んだとしたら、妻は五分と持たずに亡くなってしまうだろう。もしかしたら、俺がかけている呪いを解いて元に戻るかもしれないが、その時には妻の命を差し出す契約になっているので、そのまま妻の命は奪われるだろう。


 なぜそのようになってしまったかというと、俺は霊能力があるのだ。妻は俺には何の力も無いと思っていたようだけれど、俺から言わせてもらうと、妻は霊能力があるかもしれない程度の人間なのである。もちろん、その辺にいる普通の人達と比べると、大きな違いはあるかもしれないが、遠くの船を見る時に望遠鏡を使っているか虫眼鏡を使っているかくらいの違いはあると思う。

 妻の家系はそれほど霊能力があるようなところではないみたいだが、何も持たない人からすると、不思議な世界が見える人程度の認識はされていたみたいだった。妻の実家に挨拶に行った時も、最近遊びに行った時も、俺は多くの霊と触れ合っていたのだけれど、妻も妻の両親兄弟もそれには気付かないままだった。

 俺の家系は代々霊能力が強いらしく、耐性のない相手の場合は簡単に操る事が出来たらしい。その術式はあまりにも危険と判断されて、かなり昔に封印されていた。どこからか調べてきたのかわからないのだが、俺の父親はその術式をかなりの高水準で使用することが出来た。最終的にその術式を使いすぎてしまい、術の対象者に殺されてしまうという最後を迎えてしまった。


 俺の母親はいつも無口だった。なぜそんなに無口なのかわからなかったし、言葉を聞いたのも年に一度くらいはあったかもしれない。今になって思うと、その頃から母は父の術式で操られていたのかもしれない。

 父が何か言う前に、父が欲しているモノを正確に持ってくる母を凄いなと思っていたけれど、やはり、この頃は確実に操られていたのだろう。

 そんな父が死んだのも家の玄関だった。父がその日何をしたかったのかはわからないし、わかりたくも無いのだけれど、一つだけわかっているのは、父は母に自分を殺させようとしていた事だ。

 何人かの警察官が見ている目の前で、母は包丁を取り出して父に襲い掛かったのだけれど、母の異常を感じ取った警察官が母を抑え込もうとしていたのだけれど、父の顔に刺さった包丁は脳まで達していたらしく、父はその場で死亡が確認された。

 母は警察に現行犯で逮捕されると、二度と俺の目の前に戻ってくることは無かった。

 俺は母が父を殺したかったのではなく、父が母に殺されたがっていたのをハッキリと見ていた。幼少期の俺が見ていた事なので正確ではないかもしれないが、俺は悪霊を使って母に自分を殺させようとしている父の姿を見ていた。包丁を持っている手をしっかりと抑えているやつや、警察官を抑えようとしているやつや、文字通り母の背中を押しているやつなどがいた。

 俺は父が亡くなり母が逮捕されてしまって、両親がいなくなってしまい、親戚の家を頼る事になった。なんだかんだあって、その家の養子に迎え入れられたのだけれど、俺が養子に迎え入れられる前に母は亡くなっていたらしい。心神耗弱が認められて一審と二審で無罪が確定して、そのまま上告も破棄されて無罪が確定したその晩に、母は天井まで三メートルも無い部屋の中で転落死をしていた。首から下は無残な形になっていたらしいけれど、顔は安らかな死に顔だったようだ。

 無罪が確定するまでは死なせたくないという父の強い意志をなぜか感じてしまったのだけれど、どうして父がそうなったのかは親戚の中でも論争の的になっていた。


 幼少のころから俺は他の人には見えない世界の様子が見えていた。成人してからはそのを自分の意思で行うことが出来なくなってしまったけれど、時々はそれが見えていた。その見えていた場所にあったのが俺たちの自宅なのだけれど、妻にはそれがわからないようだった。

 妻にはわからなくても、息子にはこの家がどこかと繋がっているのは理解しているみたいで、まだ言葉も話せないうちから妻には見えない人と何かをやって過ごしているのが俺にはわかった。それ以外にも多くの霊が出入りしていたのだけれど、息子が反応するのは決まって老夫婦だけであった。


 柏木満智子が逮捕された理由はこれと言ってないと思うのだけれど、柏木は俺や妻とは違って逮捕しなくてもよさそうな理由がなかったかららしい。妻は自力で何も出来ない状態になっているし、俺はそんな妻を甲斐甲斐しく世話しているのでその場では逮捕される事も無かった。

 柏木は俺の言う事なら何でも聞いてくれていたのだけれど、今回は最後の最後で俺の指示に反して玄関の扉を開けてしまったのだ。しかし、それも今となって考えてみるとよかったのかもしれない。もしかしたら、それをやらせたのは草薙で、最後の力を振り絞っていたのだろうか。


 妻には一度外に出てから家の中に戻ってこなかった場合を除いて、そのまま敷地から出ると死ぬ呪いをかけていたのだ。妻は柏木のお陰で死なずに済んだと言ってもいいのだけれど、それは妻も柏木も理解はしていないだろう。

 柏木は今も取り調べを受けていると思うのだけれど、警察も何を聞いたらいいのかわかっていたいと思う。俺も一日のうち数時間は警察と事件について色々話をしているのだけれど、警察の力では俺が真犯人であるという事に気付くことは無いだろう。そもそも、この世のモノではないモノの力を借りて草薙を始末したのだから、その存在を認識することが出来る人がいない限りは俺の事を逮捕しようと思う事すらないだろう。

 しかし、大変優秀な警察官の中には、俺と柏木の関係に気付くものが出るかもしれない。もし気付かれたとしても、今回の事件にどう結び付けてくれるのか興味深いと思う。


 妻は気付いていなかったようだけれど、息子はそんな俺の秘密を知っていたのかもしれない。息子は俺の父親の様に感じてしまう瞬間が時々あるのだけれど、そんな時は決まって俺が何か言えないような事をした後なのだ。

 今回も息子は俺に対して何かを思っているらしく、いつもとは違ってよそよそしい態度をとる事が多くなっていた。迎えに行った時も俺から逃げるように隠れていたのだけれど、家ではなくホテルに向かっている途中に俺の方を真っすぐに向いて口を開いた。


「パパがやった事は全部知ってるよ。あのおじさんとおばさんが全部教えてくれたからね。あのお姉さんではママの代わりは無理だと思うよ。でもね、パパがそうしたのは仕方ないって知ってるから、僕なら大丈夫だよ。だから、パパも気にしないで良いからね」

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