第12話 来訪者
刑事の中には俺の事を怪しく思っている人もいるみたいだけれど、多くの刑事が俺の事を不幸な事件に巻き込まれた被害者だと思っている。俺が直接何かをしたわけではないので加害者と呼べるのかはわからないけれど、俺の中では全て俺がやった事だと言ってもおかしくないと思っている。
柏木は警察の取り調べにも素直に応じているらしいのだけれど、俺と離れている時間が経てばたつほど本当の自分を取り戻していくのだろう。おそらく、俺はもう柏木と直接会うことは無いと思うのだけれど、いつか直接会ってこの件に協力してくれた礼を言いたいと思っている。
妻は相変わらず自力で呼吸をすることも何かを飲み込むことも出来ないのだけれど、一日に数時間は必ず見舞いに行く事にしていた。それは妻を思っての事では無いし、誰かほかの人に好印象を与えるためでもない。俺から離れている柏木がそうであるように、俺が定期的に近くにいて体に触れていないと呪いの効果が薄れるかもしれないという恐怖から見舞いに行っているだけなのだ。
たとえ、俺が一週間くらい会いに行かなくても妻の容体は変わらないだろうし、事件が事件なので家族や親族の中でもごく限られた者にしか面会が出来ないように病院と警察に頼んであるので、草薙式の霊能力者が近付く心配はないのだけれど、誰かが妻にかけている呪いを弱めたりすることがあれば、俺の計画が破綻してしまうかもしれない。
お見舞いには息子も一緒に付いてくるのだけれど、幼いながらに理解している息子は、自分の母親がどういう状況に置かれているのか理解しているらしく、俺が見ていないところで呪いを解こうとしていたりするのだ。俺はそれの邪魔をしているので今は安心だけれど、息子は俺の力を引き継いでいるからなのか、回数を重ねるごとに解くスピードが速くなっているのだ。
俺はほぼ仕事を他の者に任せて妻の側で軽い支持だし程度の仕事しかしていないのだけれど、周りから見ると原因不明の病で動けなくなった妻を愛する旦那に見えている事だろう。この状況で俺にとってプラスになるような出来事があるとは思っていなかったので、それは嬉しい誤算ではあった。
草薙式は由緒正しき解呪の家系でもあるらしく、能力の低い長女ですら妻をあの家から解放しかけたのだから、歴代でも最高と呼ばれる草薙家の三女がいたとしたら、この計画はここまで上手く事が運んでいなかったのだろう。
俺が集めていた守り神も草薙家の三女が見ていたらどういう目的で集めていたのかバレていたのかもしれない。集めていた目的は二つあって、一つは守り神の持つ霊的な力を終結させて強力な結界を作り出すことと、もう一つはそれぞれの守り神がお互いを攻撃し合って負けた守り神の怨念を利用して悪霊を呼び出して結界内に閉じ込める事だった。
息子が産まれる前からの地道な努力が水の泡にならずに済んだのは良かったのだけれど、俺の手駒が残り少なくなってしまったのは誤算だった。
警察はもちろんその事は知らないだろうし、知っていたとしても理解することは無いだろう。家の中にあった守り神や御札も、俺の過去を調べたからなのか否定的な意見は利くことが無かった。
俺の目の前で死んだ人は名前も知らないような人を含めると、十五人になるが、その全てに何らかの霊的な力が作用していた。それぞれの件に俺が関与していて、そのほとんどの原因が俺なのは間違いないのだけれど、普通の人にはそのつながりがわからないだろうし、つながりがわかるような人は俺に何かしようとは思わないだろう。
柏木満智子は警察に拘留されているのだけれど、直接草薙を殺したわけでもないし、俺の妻に何かをしたわけでもないので、その二人の件ではなく、我が家に誰かが呼んだ警察官に攻撃的な態度をとっていた事で公務執行妨害になっているらしい。
それ自体も俺がやらせている事だし、警察官には協力的にするようにとお願いしてあるので問題はないはずだ。近々、俺のかけている呪いが解けると思うのだけれど、それから先はどうなるのか柏木満智子次第だろう。
俺は柏木満智子を利用していたのは間違いないのだが、柏木満智子も俺を利用していた。彼女は俺の会社には入社しなかったのだけれど、俺が昔お世話になった霊能力者の紹介で草薙式研究所に入ることが出来たのだ。
草薙式は歴史と伝統だけでなく、現代的な要素も取り入れて活動しているのだが、よほどのことが無い限り、外部の者を受け入れることは無いのだ。柏木満智子程度の能力者ならば、草薙式の施設に入ることは出来たとしても、草薙家の者と関りを持つことなどないのだ。それを繋げたのが俺の知り合いの霊能力者であり、その霊能力者に繋げるために俺のもとに近付いたのだろう。
俺が用意した守り神は正しく扱えば不幸になることは無いのだけれど、俺は草薙が指示したことの逆をやり続けた。それによってあの家で守り神同士の争いが起きていたし、それに釣られた得体のしれない霊体も集まってきてはいたのだ。見えるタイプの妻はそれに気付いていなかったのだけれど、普通の人でも感じるくらいの濃度まで高められているためなのか、異常なほど悪霊が溜まっていた。
守り神同士の争いはもう少し伸ばして戦わせようかと思っていたのだけれど、息子の力に反応した守り神が、その力を手に入れようと夜な夜な活動していたようだ。何となくその事がわかった妻は色々と試してみたのだけれど、そのどれもが最善の答えにはつながらなかった。結果的に、今のような事態になったのが週末か週明けかの違いでしかないのだ。
妻のお見舞いに来たとしてもやる事は無いので、必要以上に妻の呪いを複雑な術式にしてそれを何重にも重ねることが出来た。
警察の人間の中でも刑事は暇な者が多いのか、毎日病室の前まで来ては軽く世間話をしてエレベーターホールのベンチに座って一日を過ごしているようだ。比較的大きい病院なのだけれど、妻が入院しているフロアに入院している他の患者はほぼ助からない意識の無い患者ばかりなので、見舞いに来る人は限られているので、最初は刑事の姿を怪しんでいた者も多くいたが、今では相手をする事も無くなっていた。
妻は意識はあるしこちらの言葉も理解出来ているのだけれど、それに答えようとすることが出来ない。テレビをつけていればその内容を理解しているだろうし、画面の多くがぼかされているとしても映し出されているのが我が家だという事も理解しているだろう。
世間では、怪しい研究施設の研究員が職員によって殺害された事件として認知されているようで、今日もワイドショーで有る事無い事が専門家の人によって解説されている。草薙式は知っている人には格式の高い存在であるけれど、多くの国民にとっては初めて聞く怪しげな団体だとしか認識されていないのだろう。
一般社会での認知度は著しく低い草薙式なのだが、興味があって霊能力の事を調べると必ず出てくる存在なのだ。そんな草薙式を知らない専門家の意見は俺から言わせると的を射ていないのだが、テレビ局側からしてみると、本物か偽物かは問題ではなく、どれだけ視聴者に関心を持ってもらえるような事を言えるのかが重要になっているようだ。
我が家で起きた草薙式に関わる殺人事件は拘留されているモノはいるのだけれど、容疑者はどこにもおらず、捜査が一歩でも進展することは無いのだから、ワイドショーの関心事も解決しないような事件よりも、芸能人の結婚や破局や薬物犯罪の方に傾くのも仕方ない事だろう。
我が家の近くには相変わらず警察官とマスコミ関係者がいるのだけれど、我が家の近くは住民以外は立ち入り禁止になっているので静かなモノだ。たまに俺に話しかけてくる人もいるのだけれど、全員が俺に同情してくれている。この人達に俺が真犯人で全ての元凶だと言ったらどんな反応を示すのだろう。
俺が自分の家を見てから宿泊しているホテルに戻ると、ホテルのロビーで一人の女の子に話しかけられた。
「すいません。藤井様でよろしいですか?」
俺はなるべくなら変な人には関わらないようにしようと思っていたのだけれど、俺には深く関わる人物だった。俺はその人から柏木満智子の名前を聞いた時には冷静な俺も驚いてしまった。
「藤井様の家に向かって亡くなった姉なんですけど、つい先日私の枕元に立ちまして、藤井様には気を付けろと申していたのですが、藤井様は危険な人物なのでしょうか?」
「僕が危険とはどういう事なんでしょうか?」
「さあ、長女も死んでしまっているし、柏木も警察施設の中で連日取り調べを受けている。そんな状況にしたのが藤井様だって言ってるみたいなんですよね」
「はあ、それがどういうことなのかはわからないですけど、私がそんな事をして意味があるんですかね?」
「それはご本人様にしかわからないと思いますが、危険な事には変わりないと思いますよ」
俺は目の前の少女を無視してやり過ごす事にしたのだけれど、その少女は自分の使役しているだろう幽霊を使って僕だけに話しかけていた。
「君は上手く隠し通していると思っているかもしれないけれど、我々には君にない武器がたくさんあるからね。こいつを君に憑けて監視する事だって出来ちゃうかもね。でも、そんな事は人としてどうかとおもんだけど。……幽霊は死んでいるからどこに行くのも自由かもしれないね」
この少女は俺がやっている事を完全に理解しているようだ。もしかしたら、この少女が草薙式の三女なのかもしれないのだが、確認する方法がない。
どう見ても高校生にしか見えないのだけれど、この女の子が歴代でも最強と言われているのだろうか。俺にはとてもそうは見えないのだけれど、先ほどから俺も目で追えないくらいの数の幽霊を従えている場面を見ると、能力はとんでもなく強いのかもしれない。
「学校はしばらく休んでいいって言われたんだけど、その代わりにお兄さんの事を監視しなさいって言われたんだよね。今更何かしようとしたって、私はあお兄さんの霊気を覚えたから無駄だよ。今度暇な時にでもお姉ちゃんの最期を教えてくれると嬉しいな」
この少女は俺に敵意があるわけではなく、草薙式の偉い人たちから言われて俺を見張っているのかもしれない。きっと、俺の呪いはこの少女には何の意味も無いのだろうけれど、俺はこれ以上何かをするつもりもないので大人しく部屋に戻る事にした。
少女は俺の後をついてくるでもなく、一階ロビーのソファに腰を下ろしていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。僕はこのホテルを抜け出してどこかに行こうとか考えていないし、君も自分の部屋に戻って休んでいいと思うよ」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、私はホテルの部屋とか取ってないんだよ。未成年だけで宿泊は出来ないだろうし、誰か優しいお兄さんがいたらついて行っちゃおうかな」
俺はこの少女にあった事も無いし、どうなろうと知った事ではないのだけれど、どうしてもこのまま何もしないでいる事は出来なかった。俺はフロントに空き部屋があるか確認してみると、高い部屋なら空きがあるとの事だった。
初対面の人におごるにしては高すぎるし、自分がそこで寝られないのはちょっと我慢できなかった。
「空いている部屋はちょっと高めの部屋しかないみたいなんだけど、君は俺が今使っている部屋に泊まるといいよ。好きなだけ泊まっても平気だと思うから、ゆっくりしていくといいよ」
「お兄さんだけそんないい部屋に泊まるのはずるいと思うな。私もそっちの方がいい」
「初対面で部屋代を出してもらえるだけでも幸せだと思いなよ。こっちだって善意で行っているんだからね」
「ふーん、お兄さんにも善意ってあるんだね。もしかしたら、お姉ちゃんを殺した罪悪感で少しでも罪の意識を軽くしようと思っているのかな?」
「そんなことは無いけど、君の目的は何なのかな?」
「私の目的か、それはお姉ちゃんの最期を聞くことと、お兄さんがどんな人か知る事かな。あとは、お兄さんの子供の事も調べろって言ってたよ。ちなみに、お兄さんの子供は私達の研究所で手厚く保護してますからね」
息子が保護されているとしたらあの研究施設だろうか。俺は草薙式の敷地に入ったことが無いので、どのような状況なのかわからないけれど、テレビ電話で話した限りでは息子も元気に遊んでいるようだった。
「これで私たちの事を信じろとは言えないですけど、私達は武装集団でもないので安心していいですよ。それに、お兄さんの部屋が二人部屋ならそこでもいいですよ。色々聞きたいこともあるので時間がもったいない」
「初めてあった人同士で同じ部屋に泊まるのは良くないと思うよ」
「その点は大丈夫ですよ。許可なく私に触れた人って少しずつ霊が体内に入っていって、お兄さんの奥さんとは逆の状況になるかもしれないよ」
俺は息子の事もそうだけど、妻の容体も気になっていた。今すぐ喋り出すかもしれないのだけれど、持っている力を使って少女をコチラ側に引きずり込むことが出来れば大満足だろう。
「ちなみに、私に何かあった場合は奥さんとお子さんに良くないことが起るから気を付けてね」
そう言って一緒のエレベータに乗った僕達ではあったけれど、宿泊しているフロアに着くと少女はそのまま走り出してしまった。その後はなぜか俺が宿泊している部屋の前で待っていた。
「お兄さんって本当にわかりやすいよね」
そう言って笑っている顔が誰かに似てると思うんだけど、俺には誰なのかわからなかった。俺を監視しているのが目の前の少女だとしたら、同じ部屋に泊まるのは完全に合意なのだろう。
「ねえ、私は窓側のベッドがいいんだけど空いているかな?」
「うん、そっちは息子が寝ている場所なんだけど、それでもいいなら使っていいと思うよ」
「そっか、お兄さんの近くで監視するのにちょうど良さそうだよね。でも、そんなことしなくたってお兄さんに何をしていたか聞けばいいだけなんだけど、それだとお兄さんの精神に負荷をかけちゃい過ぎるかもしれないんだよね」
俺はこれからしばらくの間だけれど、この少女と同じ部屋で過ごすことになった。着替えなども持っていないようなので、家に連絡させて荷物を送るように説得しておいた。
少女は俺の荷物を勝手にあさると、普段は切る事のないスエットの上下に着替えていた。
「お兄さんの服ってどれもぶかぶかなんだけど、私が特別小さいってわけじゃないからね。平均だから。平均ね」
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