第6話 帰宅
息子も旦那も昨日までの事は忘れたかのようにテーマパークでの一日を楽しんでいた。暗くなってから家に帰るのは怖かったので、出来る事なら明るいうちに帰っておきたかったのだけれど、息子の楽しそうな姿を見ていると家に帰ろうと言い出しづらかった。
パレードも最後まで見てしまったので帰りは遅くなってしまったけれど、小さな体に抱えていたストレスも少しは解消できたようなので、私は少し安心してしまった。
「あのさ、陽一が行ってた知らない人が家の中にいた話ってさ、君は何か感じたかな?」
息子が寝ているのを確認してから旦那は私に話しかけてきたのだけれど、私にもその人達の事は何も思い当たらなかった。
「私には何も感じなかったけれど、この子は何か見えているのかしら。あなたが帰ってくる前も一人で何かと話しているような事があったんだけど、その時もそうだったのかもしれないわ」
「君は僕と違って見える側の人だと思っていたけど、陽一に見えても君に見えないんだったら僕にはどうしたらいいのかがわからないんだよね」
「私もハッキリとわかる時と何となくわかる時があるんだけど、陽ちゃんを産んでからはそう言う事も少なくなってきたかもしれないわね。今になって思えばだけど、産んでからは見える機会が減ったかもしれないわ」
「もしかしたら、君のその見える力ってのが陽一に移ったのかもしれないな。僕はそう言う事に詳しくないんで何とも言えないけれど、君が見えなくなってきたのはそういう可能性もあるんじゃないかな」
私は小さい時から何かが見えていたのだけれど、それが普通だと思っていたので友人に指摘されるまでは不思議な事だと気付くことは無かった。もしかしたら、息子もその時の私と同じで他の人に見えていないという事がわかっていないのかもしれない。
息子にだけ見える存在がいたとしても、それに何か対処することは出来ないかもしれないし、見えない何かから息子を守ることが出来るだろうか。守れないとしても守らなくてはいけないのだ。
「正直に言うとね、僕は最近起こっている現象を完全に理解しているわけじゃないんだ。もちろん、良くないことが起っているのはわかっているんだけど、それにどう対処すればいいのかがわからないんだよ。僕は音を聞いただけで、姿はハッキリと見えていないし、破かれた御札を見た時も君がイタズラしてたんじゃないかと思ったんだよね。でも、あの御札って僕が帰ってくる前に買っておいたやつなんだけど、君にはまだみせてなかったと思うんだよね。君が存在を知らないはずの御札を貼って破る事にどんなメッセージが込められているのかわからなかったんだけど、もしかしたら陽一が言っている知らない人が守ってくれているんじゃないかって思ったりもしてるんだよ」
「そんなことってあるのかな?」
「僕は本当にそういう存在が見えないんだけど、良いやつと悪いやつがいるんだと思うし、陽一が怖がっていなかったのは悪いやつじゃないからだと思うんだよね」
旦那にそう言われてみると、不思議と納得することが出来た。私には小さい時に他の人には見えない友達がいたと思う。その友達の顔も声も思い出せないけれど、その友達と遊んでいる時はいつも楽しかった思い出しかなかった。今思い出すまで全く覚えていなかったんだけど、もしかしたら私とその友達の様な関係が息子とその人達の関係と同じなのかもしれない。
「そこで一つ提案なんだけど良いかな」
旦那はまっすぐ前を向いて運転をしながら私に力強く言ってきたのだ。普段は優しい感じなのだけど、今は何かを決意したかのようにハッキリとした意思を示していた。
「家に着いても君と陽一は車で待っていて欲しい。僕には不思議な存在は見えないんだけど、見えない分だけ君達よりも怖い気持ちは少ないと思うんだよね。そこで、僕が一人で家の中に入って一通り確認してくるので、君達は僕が戻るまで車の中で待機してほしいんだ。陽一が寝たままだったらそれが一番なんだけど、もしも起きてしまったら陽一を車の中で守っててほしいんだ」
「そんな、見えないと言っても御札を破いたり人形を動かしたりしているモノがいるのよ。一人でだなんて危険だと思うわ」
「うん、僕だって怖いけれど、安全を確かめないと君達を家に帰すわけにはいかないんだよ。それに、僕は学生時代にスポーツをしていたから君たちくらいなら守れるはずさ」
旦那はそう言って私を勇気づけようとしていた。実際に旦那はスポーツをしていたようではあるけれど、それは趣味の範囲の話で、控えめに言っても体格は良くないと思う。それでも私達を守ろうとしてくれるのが嬉しくて、少し涙が出そうになってしまった。
「そうだ、君は映像を通しても何か見えたりするのかな?」
「うーん、今はそう言う事はしたこと無いんでわからないけれど、昔は心霊系の番組とかでも心霊写真の幽霊を見つけるのは得意だったと思うよ」
「あんまり意味は無いかもしれないけれど、僕が家の中に入る時にビデオ通話をしながら確認するってのはどうだろう?」
「私に見えるかわからないけれど、そのアイデアはいいと思うわ。でも、私に何か見えてもあなたは無理をしないで戻ってきてね」
ある程度の事ならわかるかと思うけれど、最近は見えることもほとんどなかったので自信はなかった。それでも、自分を犠牲にしてまで守ろうとしている旦那のために私も頑張ろうとは思っている。自分でどうこう出来るかわ駆らないけれど、出来る事は全部したいと思っているのだ。
家が近付くにつれてお互いに緊張が高まっているのか、口数が減っていった。もう少しで家に着くといった時には、一切口を開く事も無くなっていた。
駐車場に車を止めると、旦那は眠っている息子を優しい眼差しで見た後に、私に軽くキスをしてくれた。
「この続きは後でね。それじゃあ、行ってくるよ」
旦那は照れ臭そうにそう言うと、静かに車を降りて家の中に入っていった。
私のスマホには旦那からの着信が入っていて、電話に出ると画面に家の様子が映っていた。
「確認なんだけど、電気は付けても平気かな?」
「私は明るいところでも見たことがあるんで大丈夫だと思うよ」
旦那は部屋の電気をつけると出て行った時と変わらない様子の部屋が映し出されていた。改めてこうしてみると、いかに慌てていたのかがわかってしまう。あの時は仕方ないにしても、もう少し整理しておけばよかったなと思っていた。そんな余裕が生まれるくらいには何も感じなかったのだ。
旦那はそれでも緊張しているようで、息遣いが聞こえる以外は何も音が聞こえなかった。息子が見たという寝室を覗いても何も変化はなく、誰かが隠れている様子もなかった。お風呂やトイレにも変化はなく、そのまま一階を調べてくれるようだった。
リビングは先ほど見た通り散らかっているのだけれど、客間の扉が閉まっていた。御札を剥がした後に旦那が閉めたのかもしれないけれど、扉を閉めていないような気がしていた。
「ここも開けてみるね」
旦那が客間の扉を開けると、そこにはそのまま敷いてある布団があった。掛布団は捲れているけれど、出て行った時と変化は無いようだった。カメラが室内の様子をゆっくりと映し出しているのだけれど、一通り見終わった後に旦那の様子がおかしくなっていた。
カメラでは映していないのだけれど、旦那は慌てた様子で何かを確認していた。私は何があったのかわからなかったけれど、旦那がカメラで何かを映す前に私に報告をしてくれた。
「ちょっと信じられないことが起っているんだけど、陽一が寝ているなら起こさないようにしれくれると嬉しいな。僕も信じられないんだけれど、これは何かあったと思うんだ。それが何かはわからないけれど、ここは危険かもしれない」
旦那が映し出した画面には守り神が祀られているはずの場所だった。そこには数えきれないくらい多くの守り神が所狭しと祀られていたのに、そこにある守り神は全て頭部が無い状態になっていた。
どうしてそうなったのかわからないけれど、刃物で切ったわけでも鋸で切ったわけでもないような雑な切り口であった。無理矢理折ったのか噛み千切ったのかはわからないけれど、とても強引に頭部を外したような形跡がそこには残されていた。
旦那はその後も家の中を探索すると言っていたのだけれど、私はもう戻ってきてほしいと思っていた。何かあったとしてもなかったとしても、今の状況に一人で耐えられなくなっていた。
その気持ちはわかるけれど、旦那は二階も確認しないと安心出来ないと言って階段を上がっていった。いつもは気にならない階段が軋む音が嫌に耳に残っていた。息子が大きくなった時に子供部屋にする予定の書斎は何事もなかったのだけれど、隣の物置として使っている部屋を開けると、旦那は部屋の様子を映すことなく階段を降りて外に出てきた。
息を切らしている旦那に話しかけることが出来ず、私は車の中から旦那を見ている事しか出来なかった。
旦那は少し落ち着いてきたのかゆっくりと車に近付くと、そのまま運転席に座って飲みかけの缶コーヒーを一息で飲み切っていた。
「二階の物置部屋って最近使った?」
「私は先週掃除した以来入っていないけど」
「そうか、その時って一緒に掃除した時だよね」
「ええ、キャンプ道具を出そうと整理してた時だと思うわ」
「それ以降に誰かが家に来た事も無かったよね?」
「ええ、あなたが出張に行っている間は誰も来てないわよ」
「それならいいんだけど、あの部屋はちょっとまずいかもしれない」
「誰も隠れてはいなかったんだよね?」
「ああ、僕が確認した限りでは誰も隠れたりしていなかったよ」
「誰もいないのなら、私が直接確認してきてもいいかしら?」
「危険はないと思うけれど、それはやめた方がいいと思うよ」
「あなたが勇気を出してくれた分に報いるためにも、私も勇気を出したいのよ」
私の意志が変わらないと思った旦那はしぶしぶそれを承諾してくれた。
私はそのまま家に入ると、一直線に二階に上がって物置部屋を確認する事にした。扉に手をかけてゆっくり中を確認すると、そこには異様な光景が広がっていた。
先ほど見た守り神の頭部だけがこちらを向いていて、何かの形を表しているようだった。その形が何なのかはわからないけれど、こちらを向いている顔が私の目を見ているような感じがしていた。実際は他の方を向いている顔もあるのだけれど、なぜだか全ての顔に見られている感じがしていた。
部屋の中に入るつもりはないのだけれど、不思議とその顔からはイヤな感じは受けなかったのでその場にとどまる事が出来たのだろう。もう少し見ていようかと思っていた時に旦那から着信があった。
「大丈夫か?」
「ええ、ちょっとびっくりしたけどイヤな感じはしないよ」
「それならいいんだけど、何かわかりそうかな?」
「いいえ、近付けば何かわかるかもしれないけれど、さすがに部屋の中までは入りたくないかも」
「うん、そうした方がいいと思う。それと、柏木さんから連絡があってあの御札について伝えたいことがあるって言ってたよ。詳細はメールで送ってくれるみたいなんで、大丈夫そうだったら僕のノートパソコンを持ってきてもらってもいいかな?」
「いつものやつで良いんだよね?」
「大変かもしれないけどお願いします」
もう少しここにいて部屋の中を見ていたい気もしていたけれど、これ以上ここにいても何もわからないような気がしていたので、旦那から電話があったのは助かったかもしれない。
一階に降りてノートパソコンを持って玄関に戻ると、何かが階段を使っているような音が聞こえていた。不思議な事に、その足音は上に向かっているのか下に向かってきているのかがわからない。私はその足音が怖くなってしまって、靴をちゃんと履かずに外に出てしまった。
私が慌てていたら旦那も驚いてしまうと思って冷静を装ってみたものの、もしかしたら旦那はわかっていたのかもしれない。それでも旦那は優しく迎え入れてくれた。
ノートパソコンを手渡すと、旦那はそのままメールを開いて確認をしていた。
「これだと思うよ」
そう言って旦那が開いてくれたメールには草薙さんからのメールが届いていた。
御札の件ですが、私が調べたところでは、霊的な何かは感じられませんでした。
元々霊的な力が無かったのか、守るために使い切ったのかは判断できませんが、効力はすべて失われています。
役目を終えた御札の供養はこちらに任せていただいてもよろしいでしょうか。
「御札は役に立ったってことなのかな?」
「そうだと思うわ」
「じゃあ、あの守り神たちも役目を終えたってことなのかな?」
「そうなのかもしれないわね」
私達はお互いに顔を見合わせると、何だかおかしくなって笑ってしまった。何がおかしいのかわからないけれど、とにかく笑ってしまったのだ。
「写真で何かわかるかもしれないからさっきの守り神の写真も撮って草薙さんに送ってみるよ」
旦那はそう言うと一人で家の中に入っていった。何だかわからないけれど、不思議な安心感が私を包みこんでいた。
写真を撮るだけにしては戻りが遅いなと思っていると、後ろから息子の声が聞こえてきた。
「パパは大丈夫だと思うよ」
私は息子のその言葉の意味が最初は理解できなかったけれど、旦那が戻ってきた姿を見た時には心配している私を気遣ってくれている言葉だと理解出来た。
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