第2話 守る
家に帰ると空気が澱んでいるような感じがしていた。気のせいなのかもしれないけれど、何だか全身がだるく重く感じてしまう、そんな錯覚を覚えてしまった。
夕方に息子を迎えに行って、そのままスーパーに買い物に行こうかと考えながら掃除をしていると、旦那と愛し合った部屋の前に何かが立っていた。眼鏡を外しているのではっきりとは見えないけれど、近付いてみると思わず声が出てしまいそうになってしまった。
そこには旦那が以前、東南アジアの方に買い付けに行った時にお土産で買ってきた守り神の人形が立っていた。私はそれを触ったことが無かったし、箪笥の上に祀っているので息子が動かすことも出来ないのに不思議だった。何より不思議なのは、その人形がこちらを向いているのではなく、部屋の方を向いて立っていた事だ。
触るのも怖かったけれど、私はその人形を手に取ると元の場所へと戻すことにした。他にも人形やお面などがあるのだけれど、それぞれがバラバラの方向を向いているのが気になってしまったけれど、何か意味があるのかもしれないと思ってそのままにしておいた。
人形を元の位置に戻してからは体のだるさも消えていて、少しだけ気が楽になったように思えていた。
一通り家事を終えると、パンが食べたくなってしまったので、近所のパン屋さんまで買いに行く事にした。日差しも心地よく風もほとんど吹いていないので快適だったので、買ったパンを近所の公園で食べていく事にした。
公園には家族連れが何組かいる以外はほとんどがサラリーマンのようで、働く人たちの憩いの場になっているのかもしれなかった。
「ちょっとすいません。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
公園の東側から歩いてきた女性が私の前で立ち止まると、私に話しかけてきたのだ。何かの勧誘かと思って立ち去ろうとすると、一枚の名刺を渡されてしまった。
「今はちょっとした違和感かもしれませんが、あなたはいずれ大変なことになるかもしれません。その時にはどうか私どもに頼ってください」
女性はそう言うと、私の前から立ち去っていった。私は再びベンチに座ってパンを食べていたのだけれど、貰った名刺を見ても何が起こったのか理解できないでいた。
『心霊現象怪奇現象解決いたします
草薙式研究所』
旦那の夏休みが終わってから不思議に思う事はいくつかあったけれど、それを心霊現象に結び付けるのはあまりに乱暴な気がしてならない。話を聞くだけ聞いてみようかとも思ってみたものの、名刺には連絡先も住所も記載がなかった。これでは本当に悩んでいたとしても相談できないではないか、私は名刺をくれた人の顔をハッキリと思い出すことが出来なかったけれど、いつかまた会えるような予感がしていた。
パンを食べ終えて家に戻ると、再び空気が澱んでいるような気がしていた。二階へ上がってみても特に変化はなく、天窓から入ってくる光が心地よかった。一階へ降りると空気自体が重いように感じていて、私は何か嫌な予感がしていた。そのままリビングに行ってみたのだけれど、何とも言えないような不思議な気持ちになってしまった。怖いとか危険だという感じではなく、何かに守られているような不思議な感覚が体を包んでいるような気がしていた。
私は客間の前に人形が置いてあることに気付いた時には心臓が止まるかと思ってしまった。先ほどとは違う人形がこちらを向いて立っていたのだ。先ほどの人形と違って、これは南アメリカのどこかの国で貰ったモノらしいのだけれど、私には違いが判らなかった。
名刺をくれた女性が言っていたちょっとした違和感がこれだとしたら、ちょっとどころではないような気がするのだけれど、どうすることが正解なのかわからず、人形をそっと元の場所に戻すことにした。
この前の夜に旦那と愛し合ってからこの客間に入る機会が増えたように思えているのだけれど、これは私が自分から入っているのか何者かが私を招き入れているのか、その辺がわからなかったけれど、不思議とこの部屋の中は重苦しさを感じることは無かった。
ウトウトとしていると、いつの間にか息子を迎えに行く時間が近付いていた。私は鏡に向かって身だしなみを整えると、息子の待つ幼稚園に向かう事にした。道中で今日の晩御飯を考えてみたのだけれど、何がいいか思いつくことが出来なかった。
朝には泣き出していた息子も元気になっていたようで、子供はすぐに立ち直れるので羨ましいと感じていた。
息子と一緒にスーパーに行って晩御飯の買い出しを終えて家に戻ると、なぜか息子は中に入ろうとしなかった。どうしたのかなと思ってみても、何かを答えるわけではなく目をキョロキョロとさせていた。
どうにかして家の中に入ると、息子は朝のように私に抱き着いて離れようとしなかった。私に抱き着く息子は何かを探しているかのようにしていたのだけれど、買ってきた食材を冷蔵庫にしまっている時も離れようとはしなかった。
今日は何だか元気がないので、息子の好きなメンチカツを作ろうと思っていたんだが、今の状況じゃ刃物を使うのが危ない気がして何かないかと思って探していると、ずっと昔に買ったフードプロセッサーがある事を思い出した。
キッチンの中を探していると、思っていたよりも簡単に見つけることが出来た。玉ねぎをある程度の大きさに切った後はフードプロセッサーに頼る事にしたのだけれど、その操作が気になったのか息子は私のお手伝いをしてくれた。
一通り下ごしらえも終わって、あとは上げるだけの段階になったのだけれど、息子は先ほどまでと変わって怯えている様子もなく、楽しそうにテレビでやっている子供向け番組をみていた。
私は炊飯器のスイッチを入れて、息子の近くで一緒にテレビを見ていた。いつものキャラクターがいつもの人達と何かをしている。そんな番組が好きな息子は楽しそうにテレビのキャラクターの動きを真似していた。
ご飯を食べている時も息子に変わった様子はなく、そのまま一緒にお風呂に入っている時も変化はなかった。
夜も遅くなってきたのでそろそろ息子を寝かしつけようと思ってパジャマの用意をしていると、息子がまたぐずり出した。
「一人で寝るの怖い」
特に怖がるような番組はやっていなかったのだけれど、息子はそう言って私から離れようとしなかった。
「ママもすぐに寝るから大丈夫よ。陽ちゃんは一人だと眠れないのかな?」
「ママと一緒が良いの」
私から離れようとしない息子に何か言おうかとも思っていたけれど、何を言えばいいのかわからずにいて、そのまま一緒に寝る事にした。洗い物とかは明日纏めてやることにしよう。
真夜中に目を覚ますと、隣で寝ていたはずの息子の姿が見当たらなかった。トイレにでも行っているのかと思っていると、リビングから淡い光が漏れているのが見えた。何かなと思ってみてみると、音は出ていないけれどローカルバラエティが流れていた。息子はテレビに背を向けていたのだけれど、両手を広げて下を見ていた。
「陽ちゃんどうしたの?」
私が話しかけると息子は駆け寄ってきて、私に思いっきり抱き着いてきた。
「何? 何かあったかな?」
「守る」
「何を守るのかな?」
「僕がママを守る」
息子には何か怖い事があったのかもしれないけれど、そんな時でも私を守ろうとしてくれている事が嬉しくなった。私も息子を強く抱きしめていた。
ふと気になって、息子が立っていた場所を見てみると、足元に見たことが無い人形とお面が置いてあった。
息子はお面の一には踏み台を使っても届かないと思うし、隣にある人形は存在自体も知らないものだった。
テレビを消して寝室に戻ろうと思っていると、息子がお面と人形を持って私に渡そうとしていた。それを受け取ると、私はいつもの祀ってある場所に置いた。
ベッドの中でも息子は私に抱き着いていた。すぐに寝てしまったのだと思うのだけれど、何度も守ると言ってくれたのが嬉しくなってしまった。
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