二つの願い
釧路太郎
第1話 異変
恵まれた環境だともうのだけれど、ここに旦那がいればもっと完璧だと思った。愛する息子と愛する旦那が一緒に居られないのは、私にとっても寂しい事だ。
旦那は学生時代に友人と一緒に始めた輸入雑貨の販売をしているのだけれど、月の半分以上は海外か日本各地に仕入れに行っている。家に帰ってくるのは隔週で長くても一週間の間中いることは少なかった。それでも、楽しそうに仕事の話をしている旦那が好きだった。
遠くに離れていたとしても、今はパソコンやスマホを使えば簡単に顔を見ながら話も出来るし、モニター越しに旦那の姿を見ている息子も嬉しそうに話をしていた。帰ってくるときは仕入れとは別に現地の玩具なんかも買ってきてくれるのだけれど、最近はよくわからない御守りや現地の守り神みたいなものを買ってくることも増えていた。
「俺がいない間に大切な家族に何かあったら嫌だからね」
旦那はそう言って嬉しそうに飾っているのだけれど、私はそれらを見るのも少し気味が悪く感じてしまった。旦那にそれを伝えると不機嫌になってしまうのはわかっているので言わないけれど、私はどうしてもそれらを好きになることが出来なかった。
息子は怪獣やヒーローの人形と一緒に遊んでいたりもしているくらいだし、悪いものではないと理解しているけれど、やはり気持ちの良いものではないと思っていた。
去年は仕事で慌ただしく過ごしていた旦那であったけれど、今年の夏は少し長めの休暇を取る事にしたらしい。友人と始めた仕事も今ではすっかり軌道に乗ったらしく、今年度の目標利益は達成したと言っていた。そんな中で二週間の有休を全社員とアルバイトにも与えたようで、共同経営者の旦那と友人も二週間の休暇を取得することになっていた。
私達は最初の一週間は私の実家のある四国で過ごすことにして、次の一週間は皆で行きたい場所に行く事になった。旦那の実家にも行こうと提案したのだけれど、それはかたくなに拒否されてしまった。義理の両親とは結婚式でしか会った事が無かったので挨拶に行くいい機会だと思っていたんだけれど、旦那が普段会えない分も家族で過ごしたいというのでそれに従う事にしたのだ。
息子は飛行機も電車もバスも大好きで、乗り物に乗っている間はずっと楽しそうにしていたのが可愛らしかった。初めて見る景色に興奮しているようで、旦那が隣にいるのも相まってか、いつもよりはしゃいでいる姿も愛おしかった。疲れているんだから移動中は寝てていいんだよという旦那の優しさも嬉しかった。
実家で過ごした一週間はあっという間に過ぎていって、私の両親も息子も終始楽しそうに過ごすことが出来た。仕事の事は考えないようにしていた旦那ではあったけれど、お遍路巡りに興味があるのかいくつかのお寺に参拝に行っていたようだった。旦那はそこでも御守りや御札を貰って来たようで、私達の事をそれほど大事に思っていてくれるのが嬉しかった。
次の一週間は四国から関西方面を回って北陸方面を観光してから東京に戻ってきた。長いようで短い二週間ではあったけれど、家で過ごしたのは初日と最終日だけだった。
「ほとんど家にいなかったけれど、あなたは疲れなかったかな?」
「俺は仕事柄でも各地を飛び回っているから平気だけど、君の方こそ疲れなかったかな?」
「私は久々にあなたとたくさん過ごせて嬉しかったから疲れなんて感じなかったわよ。陽ちゃんもパパと過ごせて嬉しかったみたいよ」
「それならよかった。陽一も少し見ない間に大きくなったけど、寝顔を見てるとまだまだ子供だなって思うよな。普段はあまり一緒に居られない分、こうして一緒に過ごせるのは大事な事だって実感しているよ」
私達は一緒に息子の寝顔を見守っていたのだけれど、お互いに顔を見合わせると自然とお互いの唇が重なっていた。まだ小さいとはいえ、子供に見られても良くないと思って、そのまま客間へと場所を変えて激しく愛し合った。
実家にいる間はさすがに出来なかったけれど、その後の一週間は息子に気付かれないようにしてきたのだけれど、今は客間と寝室で離れているので息子に遠慮せずに旦那を愛することが出来た。旦那の愛も激しく、私は久しぶりに頭の中が真っ白になってしまった。
それから少し時間が経ってから旦那が部屋を出て行ったのだけれど、落ち着いて部屋の中を見ていると、いつの間にかこの部屋にも御札や御守りが飾られていた。薄気味悪く感じてしまったけれど、体に力が入らないし、体中が汗とかでべとべとしているのであまり動きたくもなかった。私はそれらを見ないようにして旦那の戻りを待っていた。
戻ってきた旦那はマシュマロを浮かべたココアを淹れてくれていた。学生時代に好きだといったココアを今でも覚えていてくれたのが嬉しくて、少し泣いてしまったけれど、旦那はそんな私の姿を見て抱きしめてくれた。
二人で手を繋いでシャワーを浴びに行ったのだけれど、家の中で手を繋いで歩いている事が学生時代のデートを思い出してしまって、シャワーを浴びながら旦那の事を求めてしまった。
自分でそんなに体力が無いのを自覚しているのだけれど、今回はさすがに体力を使い果たしてしまっていて、自分で着替えるのも少し面倒になってしまった。そんな私を見て旦那は笑っていたけれど、体を拭いてくれてパジャマを着せてもらい、髪まで乾かしてくれたのは申し訳ないと思いつつも、とても嬉しかった。
もちろん、自分で歩くことも出来るのだけれど、私は甘えついでに寝室までお姫様抱っこをしてもらう事にした。旦那はイヤな顔一つせずに私を抱えると、そのまま優しくベッドの上におろしてくれた。
寝る時は息子が真ん中になっているので、これ以上旦那を求めることは出来ないけれど、最後にお休みのキスをしてくれたのが嬉しかった。
私が目覚めると、旦那はもう仕事に行く準備をしていた。
「今日から仕事が始まるのに寝過ごしちゃってごめんなさい。目覚ましはかけていたんだけど気付かなかったわ」
「気にしなくてもいいよ。昨日は久々に燃えすぎちゃったし、君の体力があまりないのを忘れちゃってたからね」
こんな私にも優しくしてくれる旦那は私を抱きしめるとキスをしてくれた。私も旦那を抱きしめると、起きていた息子も私達に抱き着いてきた。
「じゃあ、そろそろ行ってくるね。パパは仕事に行ってくるから、ママの事は陽一が守るんだぞ」
息子は旦那に抱き着くと笑顔でうなずいていた。旦那の仕事が忙しい事を除けば幸せな家庭だとおもう。旦那が家にいない夜は寂しいけれど、社員がもう少し育って買い付けに行けるようになれば旦那ももう少し一緒に過ごせる時間を増やせると言っているし、今は息子と二人で頑張っていこう。
「そうだ、パパはもう少し陽一と一緒にいたいから一緒に幼稚園に行こうか?」
「うん、パパと行く」
「君は疲れているだろうし、もう少し休んでていいからね。お弁当も作っておいたし行ってくるよ」
旦那が休みの間に母親らしいことは何もしていなかったし、妻としてはダメだったかもしれないけれど、そんな私を労わってくれた旦那に感謝しつつも、私はもう少しだけ横になる事にした。お腹の奥が熱くなっているような気がしているけれど、少し休めば楽になるだろう。
重い体を起こして家事をしていると、いつの間にかお昼になっていた。何か作ろうかと思って冷蔵庫を開けると、そこには私の分のお弁当が保存されていた。取り出してから蓋を開けると、不器用ながらも私の好きなキャラクターが作られていた。キャラ弁を食べるのは初めてだったけれど、お弁当としても味は文句のつけようがないものだった。二週間の休みの間に私は何も料理をしていなかったと思うと、途端に恥ずかしくなってしまった。
お弁当を食べ終えてテレビを見ていると、誰もいないはずの家の中から足音が聞こえているような気がしていた。旦那と息子を見送った後に戸締りは確認していたのだけれど、泥棒がいたとしたらどうしたらいいのだろう。足音が聞こえていたのは客間の方だったと思うので、ゆっくりと扉を開けて中を確認すると、そこには誰もいなかった。窓も鍵がかかっているし、押し入れや天窓もしっかりと閉まっていた。
気のせいだと思って部屋を出ようとすると、強烈な視線のようなものを感じてしまった。振り返ってみても誰もいるわけはなく、この部屋にいると昨日の事を思い出してしまって、自然と体が火照ってしまった。昨日は旦那が閉まっていたはずの玩具が視界に入ってしまい、私は昨夜の事を思い出すと我慢できなくなってしまい、それを手に取ってしまった。
そろそろ幼稚園に迎えに行く時間だと思って準備をしていたのだけれど、玩具をいつもの場所にしまうのを忘れないようにしないと。綺麗に洗った玩具をいつもの場所に置くと、見たことのない何かの儀式で使うようなお面と目が合ってしまい、思わず叫び声を上げそうになってしまった。
これも旦那が買ってくれた魔除けのようなものだと思うけれど、予告なしに置いてあるのは心臓に良くないと思ってしまった。それでも、留守にしている間の家族を守ろうという思いが嬉しかった。
息子を迎えに行くために部屋着から着替えている時に違和感を覚えたのだけれど、さっきのお面と目があったと思ったのはなぜだろうか。お面の目は空洞になっていたはずなのに。私は怖い事は考えないようにして、自転車に乗って幼稚園へと向かっていった。
息子はお弁当を残さずに食べきったようで、普段はお米を少し残してしまうので先生も食べきったことを褒めてくれた。お弁当が美味しかったのは私も知っているけれど、息子の好きなモノばかり入れるわけにもいかないので、その点は少し不満に思ってしまった。でも、忙しい朝にお弁当まで作ってくれたことは感謝している。
家に帰って幼稚園の制服から着替えている途中に息子が私の腰に抱き着いてきた。旦那がいなくて寂しくなってしまったのだろうか。私の顔を見上げている顔は今にも泣きだしそうだった。
「パパがいないの寂しいのかな?」
「寂しいけど、違うの」
「何が違うのかな?」
「パパはいつ帰ってくるの?」
「明後日の夜には帰ってくるよ」
「それまで僕と一緒にいて」
「いつも一緒にいるよ」
「違うの、一緒にいて欲しいの」
旦那と一緒に過ごした時間が今まで以上にあった分だけ寂しさが出てしまったのかもしれない。いつもはテレビを見たり玩具で遊んでいる時間なのに、今日は私の側から離れようとしなかった。
息子はずっと私の腕に顔を押し付けているのだけれど、一人になるのが寂しいのかもしれない。結局その日はトイレに行くときもついてきてしまって、少し恥ずかしくなってしまった。
翌朝も息子は私から離れようとしなかった。何かを言おうとしているのだけれど、朝は忙しいので息子に構っている時間はそれほどないのだ。ママなりに愛情をたくさん込めたお弁当をカバンに入れると、息子はそれを大事そうに抱えて私の手を引いて外に出ようとしていた。
「そんなに急がなくても間に合うよ。慌てないでちゃんと忘れ物の確認しないとね」
「忘れものなんか無いから行かなくちゃ」
「こら、そんなワガママ言わないで確認しないとだめでしょ」
「もう、ママも早く行くの」
旦那がいたらこんなに荒れることも無いと思うのだけれど、二週間の間にワガママになってしまったのかな。楽しい時間は大切だと思うけれど、人に迷惑をかけないようにさせるのも大事な事だよね。
幼稚園につくと、息子は私とつないだ手を離そうとしなかった。三人でいた時間が楽しかった分離れたくないのだろう。先生も困った感じで説得しているのだけれど、息子は頑として手を離そうとしなかった。
「どうしたの? ママと離れるの寂しくなっちゃった?」
「そうじゃないの。ママはここにいるの」
「ママは家に帰って掃除とかしないとだめなのよ。陽ちゃんは幼稚園好きでしょ?」
「幼稚園は好きだけど、ママもここにいないとダメなの」
「そうは言ってもね、ママは幼稚園のお友達じゃないから帰らないといけないのよ。ちゃんと迎えに来るからいい子にしないと先生も困っちゃうよ」
「違うの、ママは帰っちゃ駄目なの」
とうとう息子はワンワンと泣いてしまったけれど、あんまり甘やかしてしまうのも良くないと思って、ここは心を鬼にしておこう。明日の夜には旦那も帰ってくるし、幼稚園でわがままを言わないように注意してもらわないとね。
「あのね、家に帰ってもあのお部屋はダメだよ」
泣き止んだ息子は何かを決意したような顔でそう言うと、私の手を強く握っていた。あのお部屋ってどこなのかわからないけれど、掃除をしないわけにはいかないし、息子が家に帰ったらどの部屋の事か聞いてみることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます