第6話 討伐
「しばし待たれよ。」
不思議そうな表情をする一行の先陣に立ち、刀一郎は意識を集中させる。
そして不可視の海を掻き分け、賊の痕跡を探した。
一方、何をしているのか分からない討伐隊一行はポカーンと口を開け、ただ眺めている。
そんな無様を晒している己に気付いたか、その中の一人が身を正すと、伝播する様に他の者も身を正すのだった。
「少なくとも一里先までは人らしきものはいないな。どうする?このまま進むか?」
そして思案に耽る。
山での一里とは相当な距離である。
平坦な道を行くのとは、それこそ訳が違うのだ。
この先に進んでも一里は何もないことが確定しているのならば、別の方向を探すべきかもしれない。
だが、その一里の先に賊がいたとするならば、これほど間抜けなこともないだろう。
悩むが答えの出せない竜に、刀一郎はある提案をした。
「ならばこの先へは俺一人で行き、あちらを皆が捜索するという手筈でどうだ?」
刀一郎一人であれば感知能力を最大限発揮し、四半刻も掛からず山の一里を踏破できる。
そう考え、答えを出せずにいる竜に申し出たのだ。
その案を聞いた竜も、それ以外ないかと渋々首を縦に振る。
「刀一郎さん、一つ守って頂きたいことがあります。それは、くれぐれも一人だけで無茶をしないということ。我々も敵の戦力次第では一旦引きますので。」
頷くと、勢い良く刀一郎は駆け抜ける。
木々の間を縫うように走り、それはまさに山犬の如しであった。
そして隊の面々と別れてから幾ばくかの時が過ぎ、一里に差し掛かろうという頃、感覚の先に人工物らしきものを感知した。
それは木を組み上げて作られたお世辞にも良い出来とは言えない簡素な小屋。
触角のように粒子を掻き分け、小屋の内部を探る。
人がいた。
人数は六人程だろうと思われる。
するとその中の一人が丁度外に出てきて小便を垂れ流し始めた。
その風貌を見るに、恐らく賊で間違いないであろうと確信する。
刀一郎は考えを巡らせた。
つい先ほど無茶はするなとのお達しを受けたばかり、しかし今逃すのはあまりに惜しい。
その手は、自然と腰の一振りに伸ばされた。
「ああ~~、そういやよ、あいつらどうしたんだろうな?」
男はぶるぶると体を震わせ、尿意の一滴までを絞り出しながら問い掛ける。
すると、更に一人の男が外に顔を出し、首を左右にポキポキと鳴らし始めた。
「あいつらか、もしかしたら何か面しれえもんでも見つけたんじゃねえか?それか村でも発見してお楽しみの最中か。」
数日前の賊と同じ下卑た表情で、何がそんなに面白いのかゲラゲラと笑っている。
その大きく開いた口は糸を引き、嫌悪感を催す。
刀一郎はいかにして打って出るかを思案していた。
小屋の周りは拓けており、藪に紛れての奇襲は不可能。
考えながら、取り敢えず小屋の裏手へと身を隠しながら進む。
そして外にいるのが一人だけになった瞬間を見計らって、動いた。
「ん?……っ!?」
男は声を上げる暇さえなく、斜めに分断され崩れ落ちる。
こうなればこちらのものと、刀一郎は悠々と小屋にただ一つしかない入口へ向かった。
危惧していたのは一つ、逃走を許すことだけなのだから。
「年貢の納め時が来たぞ。…悪党。」
刀一郎は入口に立ち塞がりながら、年貢とは何だったかとどうでもいいことを考えてしまう。
それでも血を祓い蒸気を発する真っ白い刀と、五尺二寸の大柄とは言えない男の登場により場は支配された。
賊たちは状況が分からずその場から動けずにいたが、一人が怒声を張り上げたのを切っ掛けに立ち上がる。
「何だてめぇっ!!おめぇら何やってるっ!!さっさとぶっ殺せっ!!」
一番奥で胡坐をかいていた男が声を張り上げ、賊たちが襲い来る。
刀一郎は動かない。
その立ち居振る舞いには王者の風格さえ感じさせた。
「死ねやぁぁぁっ!!」
賊の男は武器を両手で持ち、自らの頭上に高々と掲げた。
振り上げたのは木を削りだしただけの棍棒。
刀一郎は上段に構えると、棍棒ごと真っ直ぐに切り捨てた。
男は襲い掛かった勢いそのままに、入口左右の壁にそれぞれの体が叩きつけられる。
そのあまりの異常な光景に、男たちに動揺が走った。
「はっ!?・・何だよ、それ・・。何なんだよそれぇぇぇっ!!」
自らに汚れを許さぬ為か、白き一刀は相も変わらず熱を発し、蒸気を上げている。
だが、重みは感じ、以前の様な軽さはなかった。
男たちはその異様な姿に恐怖するが、ただ一つの出口は塞がれているので逃げようがない。
そして窮鼠猫を嚙むを現実のものとするべく、頭目以外の三人が同時に襲い掛かった。
「ちくしょぉぉぉぉぉがぁぁぁぁっ!!」
先陣を切る男の左脇を抜け上下に斬り裂くと、きびつを返し、跳ねる様に返す刀でもう一人も上下に分断する。
更に身を翻し、背後から襲い掛かる男の心の臓を突き貫いた。
そして、残るは頭目らしき男只一人となったのである。
「お、お前は何だ?俺たちがお前に何をしたってんだよっ!?」
刀一郎は思う。
確かに己は何もされていない。
だが、この者たちをその程度のことで見逃してやろうと思うほど甘くもなかった。
問い掛けに応えることはせず、奥で腰を抜かしている薄汚れた賊に歩み寄る。
「悔い改めよ。」
ただ一言そう告げ、白き一閃を振り下ろした。
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