第7話 集落の決断

「何者だ!」



討伐隊を率いるたつはガサガサと音がする方へと槍の穂先を向けた。

その顔には緊張の色が見え、戦い慣れしていないことが伺える。

しかし、そこから出てきた者の姿を見て安堵したか、本来の緩んだ表情に戻った。



「賊を発見した。骸はそのまま捨て置いてある。確認してほしい。」



その言葉を聞くと、些か焦り顔で刀一郎の体を見やるが、傷一つないことを確認し安堵した様だ。

しかし、一人で無茶をするなと言った手前、手放しで喜ぶことも出来ない。

そんな複雑な感情を抱えながら、案内に従い賊の骸が転がる場所へと歩くのだった。



「これは……何とも凄まじい。」



竜がそれを見て第一に思ったことは、どんな巨獣が暴れればこんな惨状になるのかということ。

原型を留めているのは胸を突かれた一人だけで、それ以外は完全に体が分け放たれている。

その断面を見れば恐ろしく鋭利なもので斬られたことが容易に連想でき、それを為した者に僅かながらの恐れも芽生えるのだった。



「いやはや、私は思い違いをしていたようですね。まさかここまでの手練れとは…。」



竜は現場を確かめながら生唾を飲み込んだ。

そして考えていた。

どうすればこの男を自らの陣営に引き込むことが出来るのかと。

この男と敵対すれば、もはやその先には絶望しか待っていないと。



「恐らく、賊はこれで全てでしょう。確認されていた数とも合いますし。」



現状の確認を終えた一行は、掘った穴に骸を投げ込み埋葬すると、足早に集落へと戻った。






その夜、都留岐つるぎと竜は今日のことについて話し合っていた。

刀一郎という者のあまりに規格外な力、そしてその可能性を。



「なるほど、そこまでの猛者だったか。ならば何としても阿斗里あとり様に会ってもらわねばならんな。」



都留岐は虚空を眺め、ここからは少々離れた地にいる主を思った。

自らには全く及びもつかない変革を村に及ぼし、我々とは少し違う見目をしたその者を。



「はい。阿斗里様の理想の実現のためには、絶対に刀一郎殿の力が必要です。」



夜も更け、真っ暗闇をわずかな炎が照らす中、話し合いは続いていく。

暗闇を照らす炎が、まるで自分達にとってのあの男であると思いながら。





あくる日、天元宅にて二人の男が一人の男に願い請う様に頭を下げていた。

話し合いの結果、搦手は下策と判断し真正面から言葉をぶつけることにしたのだ。

それには都留岐自身が策を弄するのを好かないという理由もあるのだが。



「お頼み申し上げる、刀一郎殿っ!」



都留岐はびりびりと空気が振動するほどの大声で、これ以上はないというほどにこうべを垂れる。

しかし、刀一郎自身は何のことか分からず、ただ首を捻るだけなのであった。

それもそのはず、失敗は許されないと気負い過ぎ、肝心の要件を何も語っていないのだから。

天元が間に入り少し落ち着かせると、漸く話の骨子が見えてきた。



「しかし、賊があれだけだという確信はあるのか?俺が去った後にまた来たらどうする?」



その言葉を聞いて口を開いたのは竜だった。

その表情はいつもの緩いものでは決してなく、これから語ることに対しての真摯さを物語っている。



「それについては考えがあります。…この集落の皆に、我らの村へと居を移して頂きたいのです。」



その返答は天元にとっても意外なものだったらしく、口を開け放って驚いていた。

しかしすぐさま表情を引き締め語る。



「伝えたいことは分かりました。しかし、私の一存では決めかねます。答えは少し待って頂きたい。」



次の日、集落全民を集めて会議が行われた。

そこには、少し離れた場所に住むあの老夫婦の姿もある。

そのことに刀一郎は安堵しながら話し合いに耳を澄ましていた。



「ふ~む、居を移すか。この年になって慣れ親しんだ場所を離れるのはきついのぉ。」


「しかし、ここにいてはまた何時あのような事が起こるとも限らんのだぞ?」


「皆の墓はどうする?墓石持ってぐのが?」


「どの道このままじゃぁ、みんな死んで誰も拝む者もいねぐなる。」


「源蔵だばぁ、迷う必要ねぇ、行げっていうど思うがなぁ。」


「お爺さん、どうしましょうかねえ。」


「わしゃどっちでも構わんの。皆の決定に従うわい。」



それぞれにそれぞれの思いがあり、やはり簡単には結論が出そうにはなかった。

しかし意外にも、離れに住むあの老人は移住に前向きなようだった。

刀一郎は内心、自分達だけでも残ると言い出したらどうしようと思っていたのだ。

そして辺りが夕焼けに染まりだした頃、漸く結論に至る。



「決まりましたか?…して、返答の方は?」



竜が若干緊張の含んだ表情で語り掛ける。

この交渉が失敗するということは、同時にもう一つの交渉も頓挫することを意味するのだ。

僅かな静寂の後、天元はおもむろに二人に向き直り頭を下げた。



「皆の総意により、そちらの村に移住することが決定いたしました。これから宜しくお願い致します。」



都留岐と竜は、はぁ~~っと息を吐き胸を撫で下ろす。

そして気の変わらぬうちにと急かす様に、隊の全員に号令をかけ移住の準備を手伝わせた。

元々持っていく物など殆どない彼らだ。

準備は一日で終わり、明朝この慣れ親しんだ集落を離れることになった。



「よ~し、皆準備は良いな?水は十分に確保したか?恐らく二日は野営することになるはずだ。気を引き締めていこう。」



そして明朝、期待と不安の混ざった感情を抱きながら一行は旅立った。

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