第5話 文明の匂い

「貴様こそ何者だ?ここで何をしている?」



どうやら兜に羽を付けたこの男が集団の頭目らしい。

切れ長の目に、蓄えた逞しい髭、そして鍛え上げた体。

背も刀一郎より頭一つ分以上高かった。

その立ち姿もまた油断なくこちらを捉えている。

互いの間にピリピリとした空気が漂い、口を開いたのは刀一郎だった。



「この先の集落が賊に襲われた。その仲間かと思うたがどうやら違う様だ。大変失礼した。」



そう判断したのは勘としか言いようがない。

刀一郎の戦士としての勘が告げるのだ。

この男はそんな野蛮な行いをする者ではないと。



「何だとっ!?して、その賊はどこへ行ったっ!?」



鋭い剣幕に一瞬たじろぐが、冷静に状況を伝えた。

すると男は、刀一郎をまじまじと眺める。

そして、豪快に笑った。



「はっはっは、どうやら嘘はついておらんようだな。どうだ?その集落へ案内してはくれんか?」



刀一郎は一瞬悩んだが、この男は悪い男ではないと不可視の何かも告げている。

ついて来いと林へ身を翻すと、一団もその後に続いた。



「俺は伊邪那いざな村の兵長をやっている都留岐つるぎだ。宜しく頼む。」



その大きな体から伸ばされた手を掴むと、自らもまたそれに応えるのだった。







集落に着くと、意外にも怖がる者はあまりおらず、珍しい物を見たと言わんばかりに集まってきた。

集落の者たちは、この男たちの装備が珍しいのか、これは何だと言いながら群がっていく。

一行もこれには驚いたのか、体をべたべたと触って来る者たちに対したじたじである。

そして、頭目である都留岐を連れ、天元の待つ家へと向かった。



「なるほど、つまり貴方方はあの賊を討ちに来たと。」



話を聞けば、あの賊どもはかの者たちの村でも悪さを働き、もう許せぬとなり討伐隊が組織されたとのこと。

聞くにその悪行、断罪されてしかるべきものであった。

賊は最低でも十人はいるらしく、この近くに潜伏している可能性が高いとも言っていた。

刀一郎はそれを聞きながら、己の不在時に何もなかったことに安堵する。

同時に、少し離れた場所に住むあの老夫婦のことが気がかりになった。

だが、賊がやってきた方向は老夫婦の住む場所とは逆方向にあるので大丈夫かと楽観する。



「我々はしばらくこの辺りの捜索をしようと思っております。したがって、ここに逗留する許可を頂きたい。」



天元は快く快諾し、空き家となっている家屋を貸し与えるのだった。

その迷いのない決断に困惑したのは都留岐の方。

よそ者がいきなり来て逗留すると言ったのに、何故こんなにも簡単に信用されるのか分からなかったのだ。



「私にやましいことなど何もないが、少し不用心ではないか?」



天元は、そんな都留岐の困惑をよそに快活な笑い声を響かせた。

そして視線を刀一郎に向けてから戻し、語る。



「今は刀一郎君がいるからね。何が来ても大丈夫な気がするんです。」



その言葉にほおっと息をついた都留岐は、刀一郎の腰に刺さった白い刀に目が引かれる。

じ~っと見つめていたかと思うと、視線を合わせ、



「その剣、少し持たせてもらっても構わないか?興味があるのだ。」



刀一郎は少し思案した後、鞘ごと前に差し出す。

その美しさに溜息をつきながら都留岐が柄に手を掛けた瞬間、



「ぐぁっ!!!」



何かに驚いたように上に投げ放ったのだ。

その手の平はやけどが出来ており、完治にはそれなりの日数を要しそうだった。

まさかこんなことになるとは思ってもいなかった刀一郎は、慌てて駆け寄り謝罪を繰り返す。



「い、いや、持ってみたいと言ったのは俺だ。しかし、その剣は一体・・・。」



天元もこれには驚いていたようだったが、直ぐにいつもの表情に戻り経緯を説明し始めた。

都留岐は疑っているのか、それとも何か考えているのか、終始唸りながら耳を澄ましていた。

それと同じくして刀一郎もあることを考えていた。

あの手の状態では満足に武器を握ることも出来ないのではないかと。

ならば、己が行くより道はないのではないかと。



「都留岐殿、頼みがあるのだが。俺が賊を探している間、この集落を守っていてはくれぬか。」



都留岐は唸り、思案した。

この状態の自分では満足な戦力になれないのは明白、ならば、自らの出来ることを為すべきかと。

しかし、自らに課せられた職務を放棄することもまた、この生真面目な男には難しい事だった。

その狭間で揺れ動き、漸く結論に至る。



「あい分かった。俺の代わりに賊の捜索に掛かってくれ。部下には伝えておく。」



次の日の朝、集落の丁度真ん中辺りに討伐隊の面々が集まり、集落の防衛に残る者と捜索に出る者でそれぞれ準備をしていた。

勿論その中には刀一郎の姿もある。

かと言って、特に用意する物もないので手持ち無沙汰を隠せていないのだが。

その広場には、あの勇敢な老人と非業の死を遂げた女性も埋葬され、簡素ながら墓が作られている。

事前に説明を受けていた一行はその墓に手を合わせた後、決意新たに賊の討伐へと向かうのだった。



「兵長より聞いています。何でも凄腕の剣士だとか。頼りにさせてもらいますね。」



そう語りかけてくるのは、刀一郎と殆ど背格好の変わらない青年、名を『たつ』と言う。

大仰な名前には似合わない気弱そうな印象を受ける男だ。

そしてこの男こそが都留岐なきこの隊を率いる者だった。

これからする事を分かっているのかいないのか、その顔には緊張感のかけらも見受けられない。

しかし彼の纏う空気はどこか心地の良いものがあり、庇護欲を掻き立てられる。

そんなことを考えながら、いつも通りに大気を意識だけで掻き分け捜索に移るのだった。

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