第4話 惨劇の跡

賊らしき男たちを片付けた後、それらが出てきた家屋へと足を向ける。

中は夥しい血で染まっており、死臭以外の様々な匂いも混じっていた。

見た目はまだ老齢とは言えない程度の女性が、無残な姿を晒しているのが目に付く。

それは凌辱の限りを尽くされ、生きたまま裂かれたのだろうか、顔は苦悶に歪んでいる。



「惨い事をする。この所業、まさに悪鬼だな。」



この惨状を見るに、楽に殺すべきではなかったかもしれないとさえ思っていた。

刀一郎はそっと手をかざし瞼を閉じると、手を合わせ何かに祈る。

自らの行動の意味を理解出来なかったが、何故かこうしなければならない様な気がしたのだ。

そうしてから表に出ると、他の家屋も見て回る。

すると意外にも、この老人と女以外の犠牲者は見当たらなかった。



「刀一郎君、どうやら彼ら以外の者たちは逃げ出すことが出来たらしい。」



天元と共に初老の男がこちらへと歩み寄ってくる。

それと同時に後ろの林の方からは、先ほど猪を食すため集まっていた者たちも戻ってきた。

皆一様に、源蔵、源蔵と血にまみれた老人に縋り泣く。

この死した老人は、この村ではかなりの精神的支柱であったらしい。



「源蔵さんが囮になって、奴らを食い止めたんだ。トメさんは足斬られで逃げられねくてっ。」



初老の男は涙を堪えきれず、嗚咽を漏らしながら語っている。

話を聞けば聞くほど、この男の死にざまは誇るに値するものだった。

そして刀一郎は、集落に人が大勢いればこんなことにはならなかったのではないかと思い、一人責を感じていた。

勿論こんなことが起こるなど誰にも予想できるはずはないが、それでも感じずにはいられなかったのだ。

もしかしたら、あの男達はこの時をずっと待っていた可能性すらある。

善意が仇となるときもあるのだと、そんなことを考え、刀一郎は一人ふさぎ込んだ。



「刀一郎君のせいではないよ。これは遅かれ早かれ起こることだった。寧ろ君がいたからこそこの程度で済んだんだ。」



横を向き、赤くなった瞳を隠しながら天元が語り掛けてくる。

その姿は痛々しく、慰めの言葉を掛けられても心が軽くなることは無かった。

そしてまだこの様な者たちがいる可能性を考慮し、暫くはここにとどまることを決意した。






それから数日が経ったが、集落は平和そのものだった。

刀一郎は天元のもとで居候の身分と相成った。

こういう身となってから知ったのだが、天元は薬草などの知識に富んでおり、この集落では薬師としての役割を担っている様だ。

そして当たり前のことだが、この住人の少ない集落ではそれぞれが決まった役割を担っていた。

その為、刀一郎も何かしなければ申し訳が立たぬと考えたが、その度に宥められる。



「いいがら、いいがら。何にも食わせねえ上に守ってもらってんだがら。せめでゆっくりしてけろ。」



そう言われては好意を無碍にするのも悪いと感じ引き下がる。

数日でこの集落の全員と顔を合わせたが、主食は麦と呼ばれるものを挽き練って焼いたものらしい。

それほど規模は大きいとは言えないが、集落の皆が食べていける程度の収穫はあるとのこと。

一応家畜もいるが、牛が二頭だけ。

どうせ逃げられないと思い、賊たちも引き上げる時に連れていくつもりだったのだろう。

そして暮らしている者は、その殆どが老人もしくは初老と言っていい年齢だった。

全ての人を集めても二十三人、いや二十一人。

無残な死を遂げたあの女性が、この村では一番若い者だったと聞き、刀一郎は更にやるせなくなった。



「とは言え、ただの居候ではな。せめて勤めを果たすとするか。」



刀一郎は独り言ちると、あの男たちがやってきたと聞く林の方角へ向かう。

そして林の前に立つと、目を瞑り瞑想を始めた。

全神経を不可視の粒子へと委ね、まるで意識だけが体を離れたように木々を描き分けていく。

物を見ることは出来ないが、そこにある物を知覚することは出来るのだ。

掻き分け、掻き分け、一里(約四㎞)ほど進んだだろうか。

何かの集団を感知した。

数は十七。

恐らく人であることは分かるが、賊であろうか、或いは集落であるかもしれない。

判断付かず、天元へと尋ねることにした。



「一里ほど…。いや、そんな所に集落はないはずですけど…。」



ならば賊の可能性が高いと思案する。

しかし、それを確かめるにはこの集落を一度離れなければならない。

たった一里の距離だ、半刻(約一時間)も掛からないであろう。

しかし、刀一郎はあの惨状を思い出し、それが打って出ることを躊躇わせた。

そんな迷いを感じ取ったか、天元がその背中を押す。



「行ってきてくれるかい刀一郎君。我々なら大丈夫だよ。長い事ここで生きてきたんだから。」



天元は優和な笑みを浮かべ、刀一郎を送り出した。

その思いに背を押される様に刀一郎は勢いよく駆け出す。

不可視の知覚を最大限に発揮し、障害物を事前に察知し駆け抜ける。

見るものが見れば、この男もまた物の怪の類に見えたであろう。

そしてついにその集団を捉えた。

咄嗟に木の陰に身を隠し、身なり素性の確認作業に移る。



(少し消耗したか。だが、この者たちの確認が先だ。)



慎重に木の端から顔をのぞかせ、その風貌を見やる。

格好を見るにどこかの武者の様だ。

胴体を覆うだけの丈の短い木板を纏い、革靴らしきものに木製の具足。

兜も木製で、集団の中に一人だけその天辺に鳥の羽を付けている者がいた。

腰には矢筒がぶら下げてあり、弓は背に、腰には刃物らしきものも見える。

そして手には槍を持っていた。



(槍の穂先は…鉄か。鉄があるのか。)



己のことは思い出せぬが、何故か戦いの知識は時折湧き上がるのだ。

鉄があることに多少の驚きを覚えたが、見る限りかなり貴重なものの様だ。

明らかに賊などとは違う様相に、多少の緊張を禁じ得ない。

だが、こうしていても何も始まらないのも事実。

刀一郎は意を決してその身を晒した。

そして、集団が瞬間的に槍の穂先を刀一郎へと向けた。

その動きは統制が取れており、良く修練を積んだことを物語っている。



「敵ではない。…今の所はな。主らは何者だ?ここで何をしている?」

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