第4話 遠慮と忍耐そして気配りの次は。

難病患者で、身体障害が出てしまった人は、他人に迷惑をかけないために、外出を遠慮するようになってしまいます。

もちろん、外出支援ヘルパーという制度もありますが、誰でもが使えるというわけではありません。

難病の多くは、ゆっくり進行します。

ですから、多くの患者は、運動やリハビリでなんとかできるのではないかと勘違いしてしまいます。

病気の発症から、かなりの長期間、過去と変わりなく動けてしまいます。

そして、ある時突然、ガクっと動けなくなってからあわてるのです。

ここで準備の大切さを、再認識するのです。

難病等という病気、わからないことだらけです。

筆者の病気、球脊髄性筋萎縮症も、わからないことだらけです。

わかっているのは、確実な治療方法がないということ及び、誤嚥性肺炎等の呼吸器疾患が死因となることが多いということでしょう。

そこまでのことを、患者に教える病院は少ないと思います。

発症から10年程度で、誤嚥回数が増え始めて、15年程度で、車イス生活になる。

そして、患者の多くは呼吸器疾患が直接の死因になっているということです。

そういった現実を、患者に話して良いものか悪いものかは、筆者には判断できません。

こればかりは、本当に人による差が大きいと感じます。

患者個人の性格を考えて、しっかり考えると、しっかり準備ができる患者なら教えることで、少しは長く生存してくれるでしょう。

しかし、多くの患者は、自身の人生を悲観してしまいます。

当たり前ですよね。

歩けなくなっていく。

立てなくなっていく。

食べ物が呑み込めなくなっていく。

顔の筋肉にも障害が出て、笑顔が作れなくなっていく。

食べ物を食べて、飲み物を飲んで、利用後に排泄するという動作ができなくなっていくということを聞かされて、平静でいられるほど、人は強くなれません。

そして、病気の進行は、じわじわとゆっくりですが確実に進みます。

現在の地球上の医学では止めることすらできません。

運動やリハビリによって、克服できるという無茶なことを考える人もいます。

前向きな人ほど、そういうことを考えがちですが。

残念ながら、そんな程度で克服できることなら、ノーベル賞クラスの先生方が、よってたかって研究してわからないなんてことがあるわけありません。

そんな程度のことで克服できる病気ならいくら無茶苦茶な厚生労働省でも、指定難病にはしません。

ただ、前を向かない人よりは、前向きな人の方が、残りの人生が充実することだけは、確実でしょう。

病気を悲観してあきらめる。

筆者は、それが悪いとは、決して言えません。

悲観してあきらめることも、選択肢の1つだと思います。

長く寝たきりになって、見える範囲は、天井と上部の壁。

流動食を、直接胃に流し入れてもらって。

もちろん、その方が身体的には楽かもしれません。

しかし、精神的にはどうでしょう。

生きていても、楽しくないのではありませんか。

生きていることが、辛いだけって、お坊さんの修行じゃありませんので、明るい兆しも見えません。

そんな人生で、最後を迎えて良いんでしょうか。

どのような症状が出ても、対応できるように準備することが、かなり大切になると考えています。

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