第4話 課外授業 葉桜の下で

1 母親ははおや


 ははいもうと再会さいかいしたそのわたしちちらしていた自宅じたくにはもどらなかった。

 やや戸惑とまどいつつも、いもうととは再会さいかいよろこびをかちえた。けれども、ははは……。


 かつて、ははいもうとれてていったとき、当日とうじつちち妨害ぼうがいがあってわたしすことが出来できなかった。

『いつかおかあさんがわたしむかえにてくれる』

 そのような【あわ期待きたい】があったけれど、1ねんねんぎ、【あわ期待きたい】は、『わたしはは見捨みすててられたのだ』という【絶望ぜつぼう】へとわっていった★

 むかえにははったとき、正直しょうじきなに今更いまさら』とかんじた。わたしははもどらすことをめたのは、ちちのいる自宅じたく児童じどう相談所そうだんしょ一時いちじ保護所ほごしょよりはましだ、という利益衡量りえきこうりょう結果けっかでしかなかった。

 ははとの感情かんじょうのしこりはのこるだろう。

 それでもかまわなかった。高校こうこう卒業そつぎょうしたら、おそくとも二十歳はたちになったら、このいえていこうとおもった。

 それまでは、はは感謝かんしゃして世話せわになろうとおもっていた。


 わたしとの再会さいかいではしゃぎぎたのか、いもうと寝静ねしずまったころはははなけてきた。

 わたしとしては、これから数年すうねんあいだ世話せわになるのだし、ははのいいわけをいて納得なっとくしたフリをしてやろうとおもった。

 はは機嫌きげんそこねて、これからの数年すうねんづらくするのは得策とくさくではないとかんがえたからだ。

 はははこの2ねんものあいだ何度なんどちちってわたしわたしをもとめていたという。けれども、ちちがその要求ようきゅうむはずもなく。

 ちちはこのようなことをったそうだ。

『もしわし(ちち)がいるときにもどしにたら、おまえ(はは)と桜子さくらこころしてやる。わしがいないときにったならば、くさわけてもさがしだして家族かぞく皆殺みなごろしにしてやる』と。

 それをいて、ははていくときの顛末てんまつおもした。たしかあのとき、ちち包丁ほうちょうまわして、はは怪我けがをさせていたのではなかったか?

 ちち発言はつげんたんなるおどしではなくて、いざそのときになれば実行じっこうしかねない。

 結果けっかははわたしたいしてもうわけなくおもいつつも、わたし見捨みすてたのであった。

 けれども、むすめてたという自責じせきねんあたまからはなれず、わたしのことをおもしてはなみだながしていたという。

 見捨みすてられたという結論けつろんわらないのかもしれない。けれども、ははわたしのことをあいしてくれていたというのをって、わたし大泣おおなきしてしまった。

 そのときはじめて、わたしは『母親ははおやなんか、べつにいなくても関係かんけいない』とおもっていたのが、自分じぶんこころまもるためのせいいっぱいの虚勢きょせいであったといたのだった。


2 事件報道じけんほうどう


 ちち逮捕たいほされ、じつむすめ性的せいてき関係かんけい強要きょうようしたということがセンセーショナルに報道ほうどうされた。

 自宅じたくわたし学校がっこう報道陣ほうどうじんけるのを危惧きぐしていた松永実枝まつなが みえ弁護士べんごし提案ていあんにより、わたしたちは最初さいしょ記者きしゃ会見かいけんおうじることにした。

 もちろん映像えいぞうはモザイク処理しょりで、音声おんせいえ、名前なまえさないという条件じょうけんである。

 わたし自分じぶん質疑しつぎ応答おうとうする自信じしんもなく、松永まつなが先生せんせい代理人だいりにんとしてこたえてもらうことにした。

 わたしは、おぼえているかぎりのことを作文さくぶんき、そこから松永まつなが先生せんせいこたよう資料しりょう下書したがきを作成さくせいして、どこまではなしをするか、といったようなことをめていった。

 そこまで注意ちゅういして、自分じぶんたちのことが世間せけんられないように行動こうどうしていたにもかかわらず、どこかられたのであろうか?

 『報道ほうどうされているのがわたしのことなのではないか』ということが学校内がっこうないうわさになってしまった。

 これについては、秋田葉太あきた ようた先生せんせい相談そうだんをして、本当ほんとうのことをはなすことにめた。

 葉太ようた先生せんせい最後さいごまで、わたし意見いけん反対はんたいだった。いずれほとぼりがめる。それまでは、『らぬぞんぜぬ』でやりごすべきではないか? というのである。たしかにそのほういのであろう。わざわざ、自分じぶんから好奇こうきまとになるなど、『百害ひゃくがいあって一利いちりなし』なのかもしれない。けれども……。

 わたし自身じしんなにわるいことをしていない。被害者ひがいしゃなのだ。げるのはいやだったのである。

 また、被害者ひがいしゃわたしたいし、好奇こうきや、偏見へんけん眼差まなざしでるような生徒せいとばかりであるならば、そんな学校がっこうめてしまおうとおもった。


3 『課外授業かがいじゅぎょう 葉桜はざくらもとで』


 その通常つうじょう授業じゅぎょうにかえて、課外授業かがいじゅぎょうおこなわれた。れい公園こうえん九分くぶ葉桜はざくらもとで、クラスメイトたちをまえわたし告白こくはくをした。

報道ほうどうされている事件じけん被害者ひがいしゃは、うわさどおわたしです。

 けれども、わたしはその事件じけんこころふかきずっています。それにくわえて、みなさんに好奇こうきられることは、わたしにとって、傷口きずぐちひろげられるのにひとしいことです。

 わたし本当ほんとう意味いみこころ安静あんせいもどすのには、何年なんねんもの歳月さいげつ必要ひつようでしょう。

 おねがいです。そのようなうわさをするのはやめて、そっとしておいていただけませんか?』

 わたし独白どくはくいたクラスメイトたちはさわぎだした。わたしは、それをて、自分じぶんかんがえがあまかったことをった。

 『やっぱりうんじゃなかった』という後悔こうかい猛烈もうれつせ、その一方いっぽうで、『ひといたみをかんれない人間にんげんわかれられてせいせいする』という気持きもちとがないまぜになっていた。

 そのとき葉太ようた先生せんせいがパンパンとおおきくたたいた。わたしよこち、勇気ゆうきづけるように両肩りょうかたえてくださった。

「いいか、みんな! 今回こんかい被害ひがいにあった春川はるかわには、なんのもない。たまたま、被害ひがい環境かんきょう居合いあわせてしまっただけにぎない。

 その傷付きずついた春川はるかわのことを、興味きょうみ本位ほんいであれこれやつおれゆるさない。

 そもそも、よわ立場たちばたされたものをいたぶってよろこぶなんて最低さいていおこないじゃないのか?

 もしこのクラスがそんな人間にんげんばかりだとしたら、先生せんせいなさけないとおもう……」

 両肩りょうかたおもみがくわわったのをいぶかしくかんじ、葉太ようた先生せんせいほうくと、先生せんせいかおせていていた。

 と、そのとき、ひとりのクラスメイトが

「はい、はい!」

いきおいよくげ、いきおいよくがった。同姓どうせい同名どうめいのクラスメイト、春川桜子はるかわ さくらこちゃんであった。

「みんな、桜子おうこちゃんがこまってるんだったら、たすけてあげようよ? チカラになってあげようよ? 桜子おうこちゃんをあれこれひとは、『ヤンヤンビーム』できらいになっちゃうぞ!」

 桜子さくらこちゃんはいきおいよくはなつと、いきおいよくすわった。

 え? 『ヤンヤンビーム』? 桜子さくらこちゃんにきらわれてなにこまることでもあるのかな?

 などとかんがえていると、べつ女子じょしがそうっとげて、葉太ようた先生せんせいがその名前なまえんだ。

じつわたしも、中学生ちゅうがくせいころにおとうさんにはだかにされたことあって、すごこわかった。『いやっ!』ってったらやめてくれて、それ以降いこうなにもないんだけれど……」

「あたしもおにいちゃんにエッチなこと強要きょうようされて、拒否きょひしたら力尽ちからずくでせまってきて、必死ひっし抵抗ていこうして、『おかあさんにいつけるよ』ってって、なんとかはねのけた」

ぼくねえちゃんにパンツがされて、ちんちん観察かんさつされたことある……」

 おもいがけない告白こくはくタイムになってしまった。家族かぞくとはいえ、そのような事態じたいけっして稀有けう事例じれいではなく、ことの大小だいしょうちがえど、そういった経験けいけんをしたことあるひとおもったよりはるかにおおいようだった。

 きっと告白こくはくしてくれたひとたちにとっても勇気ゆうき必要ひつようだったはずである。わたしはこのクラスメイトたちで本当ほんとうかったとおもった。


 このときの葉桜はざくらは、さくら花弁はなびらがほぼってみどり目立めだったけれど、みどり目立めだったぶん、生命力せいめいりょくかん力強ちからづよ印象いんしょうけた。

 葉太ようた先生せんせい言葉ことば皮切かわきりに、クラスメイトのみんながいにくいことも発言はつげんしてくれて、けれどもそれがゆえに、クラスの結束けっそくたかまったようにおもう。

 クラスないうわさはなくなり、また、それまで上手うまくクラスにめなかったわたしをみんなが積極的せっきょくてきみちびいてくれるようになって……。

 わたしすべ葉太ようた先生せんせいみちびいてくれたのだとおもった。

 わたしにとって、一番いちばん魔法使まほうつかいは葉太ようた先生せんせいなんですよ? ふふっ♪


 おしまい

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