第6話 燐と祀-1
「はぁ……はぁ……」
深夜〇時を回り、濃くなった闇の中で獣たちがざわめき始めた頃、その人物はそこに到着した。
《
人口三〇〇万人を擁する
うんざりするほど長い階段を登った先にある鳥居を潜るとその中央に灯籠でライトアップされた大きな拝殿が堂々と構えており、その横には住宅を兼ねたそこそこ大きな社務所が建っている。まだ社務所は明かりが点いており、中の神主はまだ就寝していないようだった。
石畳の上を歩く人影はキョロキョロと辺りを見回しながらゆっくりと社務所に近づいていく。妙に挙動不審であるが、参拝客が滅多に来ないこの神社にわざわざ賽銭泥棒に来るような人間はおらず、故にこんな時間帯にここに来るような物好きは肝試しをする若者か、野外で大胆にも猥褻行為を働くような破廉恥なカップルくらいだ。しかしその人影はそんな不埒なつもりでもないようで、引き戸の横に備え付けられたチャイムを連打した上、中々奥から住人が出てこないのに痺れを切らして遂には扉を叩き始めた。
「おやっさーん! 俺だよ俺! 開けてくれー!」
「ホラー映画とかだと大体本人はもうとっくに死んでてバカ正直に扉を開けるとソイツに化けた幽霊が出てきて襲われるやつ」
「おわあああああああああああああああああ!?」
戸をぶち壊しかねない勢いで叩いていた少年……
「やっと来たか燐。大分背が伸びたか? 彼女は出来たか? ちゃんとメシは食ってるか?」
薙刀を握っている狂人はがっしりとした体格の浅黒い肌をした中年だった。短く刈り上げた黒髪をオールバックにし、無精髭を生やしたいかつい顔にサングラスを掛けているのでその道の怖いおじさんに見えるが、見た目に反して割と気さくでちょっとスケベなオヤジである。
「やぁおやっさん久しぶり! 遅くなって悪いね~、メシは食ってるし彼女も居ないけどちょっと道中色々あってさぁ……あとそろそろ俺の鼻にぐいぐい薙刀押し付けるのやめてくんない?」
「よく見ろ、これ《ウルトラ仮面ジャー炎》の撮影に使われた本物のアクション用プロップだぜ? 最近オークションで落札してさぁ、あとこれ合成とかじゃなくてマジで音鳴って光るんだぞ!? DX版並のプレイバリューあるとかこだわりの逸品だぜ!?」
「うっわすげぇ! 塗装やべぇ! 重量感半端ねぇ! これ片手で振り回すスーアクすげぇ~! あっ、でも壁とかにぶつけても火花は散らねぇんだな」
「おいおい馬鹿言ってんじゃねぇ、これ先っぽのスリットを開くと火薬入れる穴あるからマジで火花出せるぜ?」
「うおっ眩しっ……って、今はそんなことどうでもいいわ!」
思わずはしゃいでしまった燐だが、年甲斐もなく特撮ヒーローのおもちゃを振り回してる目の前の神主から薙刀を素早く奪い取り、話をもとに戻す。
「ふぅ、まぁ冗談はこのくらいとして久々だなぁ。三年振りだったか? 各地の学校とバイトを転々としつつ全国を旅してたみたいだがなんか進展はあったか?」
「特に。何もわからないことだけがわかって成すすべも無く帰ってきた。凱旋ではなくて面目ないよ」
「そうかい。まぁゆっくりしていけや……お前の部屋も当時のまま残してるからよ。あとついでに部屋の片付けしてる時に出てきたスケベ本もちゃんとジャンルごとに分けといたからな」
「おいおい気配りの達人かよ……ありがたく後で使わせてもらうぜ」
「ちなみに俺ァお前にもラインナップに無かった熟女モノとNTRモノの良さをわかってもらいてぇんだが――」
「あいにく俺は主義・信条・思想・信仰的にかわいい女の子が幸せそうなやつじゃないと使えねぇっていうか――って何?」
「今更だけどオメェが背負ってるその子……誰?」
あんぐりと口を開けた獅童が指差す先は燐が背負う少女に向けられていた。大きな怪我は見当たらないが、身体のあちこちが汚れており、なんだかぐったりとしている。なんらかの事件性があるのは明らかで、浮かれていた獅童は一瞬で顔が強ばる。
「燐……まさかお前その子を襲ったのか……?」
地の底から響くような低い声に燐は思わずたじろぐ。いつもは愉快なおっさんなのだが神主だけあって根は真面目であり、見た目通り怒ると超怖い。燐が何かやらかした時にはまさに鬼の変貌し、拳骨を何度もお見舞いしてきた。かつての苦い記憶が蘇り、燐の脳天が鈍い幻痛を発する。
「ちょ……っ! 誤解だ誤解! おい待て話を聞いてくれ! これには深い訳があああああああああああああああ!!」
「駄目でーす死刑執行DEATH!!」
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