第15話 五穀豊穣⑮

「原因は」

「小さい粒のようなものらしい。虫どもが言うにはな。『我ら小さきものには見えまするが』と申しておった。それくらい小さい粒らしいが、わしにも見えぬ。その小さな粒が異常に増えておって、増えた粒が人の身体に入るのだそうだ」

「そんな生き物がおったのか」

「おらぬよ。生き物とは言えぬらしいよ。本来は生き物に寄生する粒で、悪さをするものは落ちこぼれなのだそうだ」

「それなら、人の身体に入るのを止めれば良いではないか」

「それをわしも昆虫どもに言ってみたのだが。それが元々はなす術もなし。話せたところでなんだか狂奔状態だから、止めてもムダだということじゃった」

 若者は掃除を終え、ほうきを拝殿の脇に立てかけた。そして、正面に周り、深々とお辞儀をした。若者は服の上から分かるくらい痩せぎすだった。

 案山子かかし八咫烏やたがらすはそのお辞儀を正面から受けた。

「あんなに痩せてしまって」

「なんだ、わ主、同情しているのか」

 八咫烏は、愉快そうに、「かぁ」と鳴いた。もちろん、若い猟師には聞こえない。

「まあな」と案山子はじっと若い猟師を見つめる。表情は変わらないのに、案山子はどこかしんみりしているのが顔から伝わった。

「あの者が痩せておるのは、貧乏故ではないぞ。昨今は貧乏人は太っておるのだ」

「まあよい。じゃが、あの若者が家族の分まで養わなきゃならんのは事実だろう」

「本当はなんだか、学者になりたかったらしい。学者といっても食える様になるには、時間がかかる。それに儲け話に直接つながるようなものをやりたいわけじゃないらしい。本当はそうではないのだろうが、『貧すれば鈍する』、というやつだろう。学者を諦めた自分には何もできないと思い詰めて、家業の猟師を継ぐと決めてしまったらしい」

 若者は革のケースから猟銃を取り出した。銃の右脇には弾倉を入れる蓋がある。蓋についた小さな取っ手を手前に引っ張って蓋を開けた。緑色の弾倉を銃に込めて、取っ手を銃の先に向かって戻す。

「本当はあの若者は家業や、運命を恨んでいたのかもしれぬ」

「どういうことだ」八咫烏は羽を広げ、周囲を見回す。もう若い猟師には興味がないのかもしれない。

「重力にな、負けるときが人にはあるのだ。自分は家業とか、地縁とか、そういうものから飛び出せた、高く飛べたと思っても、重力に引っ張られて、地べたに叩きつけられるときがある。そんなとき、すぐさま飛ぼうとする者もいるが、諦めて地べたを這う様に生きることを選ぶ者もある。このあと、時間が経てば、また飛ぼうと思う時も来るかもしれないがな」

「なんだかわからぬが、そういうものなのか。よくわからぬがな」

 あくびをしながら八咫烏が続ける。

「しかし、昔話じゃあるまいし、今日び、獲物がなければ家族が餓死するわけでもあるまい」

「人は我らと違い、死ぬよ。死を選べるくらいだからな」

 案山子が弱々しく反論して深く息を吐いた。

 若い猟師はキャップ帽を目深に被り直し、猟銃を脇に抱えて木立の方へ進んでいった。

 案山子は格子戸をすり抜けて、若い猟師に続いていこうとした。

 八咫烏は、小さな声で「おいおい・・・・・・」とあきれた様に呟いた。

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