第14話 五穀豊穣⑭
冬の間、
その間、山のなかの小さな社に案山子は籠もっている。このご時世、春だろうが冬だろうが、年がら年じゅう、農業活動は行われている。理屈から言えば、知の神であり、農耕の神でもある案山子は、それこそ年がら年じゅう、動き回らねばならぬ。だが、それはそれ、農業と言っても畑作ではなく、米作が農業の主とされていて、案山子の日程も米作に応じて動いていた。
森のなかの小さな社は、めったに手入れされることがない。昔も、里山のこんな奥まで、薪拾いをする者であっても入ってくることもない。こんなところに足を踏み入れるのは、猪を追う犬と猟師くらいであった。
社のすぐの屋根には
社だけではない。社の周囲も人の手は加わっていない。獣道の脇には背の高いシダ類が
こんな佇まいであるので、「これは数百年前に建てられた社だ」と言われても、皆信用してしまうだろう。
案山子は、外で打たれた柏手で目を覚ました。
木格子の扉の近くまでにじり寄って外を見た。別ににじり寄らなくても、外の人には気づかれないのだが。
若い男が扉の前に立っていた。妙に目立つ蛍光のオレンジのベストを着て、頭に白い帽子を被っていて、右肩には細長い革のケース、背中にはナップサックを担いでいた。細長いケースの中身が猟銃であるのはすぐわかった。
拝礼が終わると、若い漁師は持ってきた箒で本殿正面の階段と拝殿の床を掃除し始めた。
格子のすき間からのぞいて、案山子は感動してしまった。
「あの若い衆は代々猟師でな」
ふいに背後から語りかけられて、案山子は驚いてふり返った。
「いつの間に」
「わ主こそ、いつのまに起きておった」
いつもはわしが起こすのにな、と言いながら、
「妙に暖かいからな。今年の冬は。時期が来ずとも起きてしまうのは不思議ではない。なんとも寝た気がせんだろう。
それより、あの若い衆の父はな、妙な病気に罹ってな、あの衆が猟をせねばならなくなった」と八咫烏は格子戸のすき間から若い猟師を見ながら言った。
「若いのにのう」案山子は明らかに同情している。二柱には「家族を養う」という感覚はない。
「二十歳そこそこなのだそうじゃ」
「いや、まさかこれから猟をするのか。今はいつだ」
「新暦の二月半ばだ」
「なに二月半ば? なんだこの暖かさは。もう春も盛りではないのか」
「さよう。だから言うたではないか」
八咫烏は翼を大きく拡げた。人でたとえるなら、「伸び」である。
「父親の奇病が悲惨でな。水に入っておらぬのに『溺れる・・・・・・、溺れる・・・・・・』とうめきながら死んでいったそうだ。全身むくみあがっていたそうだ。家族も看病できず、ただ為す術もなかったらしい」
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