第13話 五穀豊穣⑬

「供え物がどうしてこんなに少ない。げんを担ぐなら、秋よりも多くなければならないだろうに」

 確かに盛られていた供え物は、秋よりも、いや一番最初に詣でてきた春よりも少ないように見えた。

「用済みなのですよ。願いが叶った後に、きちんともう一度参拝する者も少ないのです。でもそれが人間味ですよ」

「姉様、私は許せませぬ」

 妹の木花咲耶姫このはなさくやひめは、おっとりした姉の石長姫いわながひめとは逆に怒っている。

「だって、ここの宮司はきちんと謝礼を受け取っています。解決したのは私たちです」

 いや、私たちだと思う、とは案山子かかしは言えなかった。

「まあ、良いではないか。そう怒らずとも」

 父親はそうたしなめた。

 案山子と八咫烏やたがらすは木花咲耶姫の裏の顔を見た気分になった。

「確かにな、人々とは薄情なものだ。己の利になるときだけ頭を下げ、役に立たないとくれば、神に対してさえ唾を吐く。その判断も決して合理的ではない。科学なんぞと言いながら、科学の託宣を聞く人間があれではな。感情に流される。

 我らとは違って悠久の時間があるわけではない。だから、ああなるのは仕方がないのだよ。常に迷い、悩んでおる。我々からすれば、常に経験が乏しいのが人だ。

 それにな、案山子になって畑に立っておっただろ。栗の実がたわわになったときにな。夫婦の満面の笑みを見てしまったらな、あとは何も言えぬよ」

 疲れるがね、と言いながら、石長姫の進める酒盃を干した。

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