第12話 五穀豊穣⑫

 豊作の秋は瞬く間に過ぎ去った。また次の年が始まり正月の夜のことだ。案山子かかし八咫烏やたがらすくだん浅間せんげん神社にいた。

「秋にも来たのだろ」

 八咫烏は木花咲耶姫このはなさくやひめに問うた。八咫烏の前には膳に載った盃がある。問いながら八咫烏は器用に盃の酒を舐めていく。本殿の外は暖冬で暖かく、雪も積もっていなかった。ただ、近くの河の方から強い風は吹いていた。本殿のなかは燭台しょくだいの灯りだけの暗い空間であった。

 八咫烏の盃に木花咲耶姫はお酌をする。

 大山津見神おおやまつみのかみの後ろには供え物が置かれている。台地の農家が供えた物が、ザルに盛ってあった。正月に供えるためにとっておいたのだろう。大ぶりの栗も載っていた。しかし、豊作という割には供え物は少ない。

「ええ。でも験を担ぎたいのでしょう。昨年の正月にここにもうでて、豊作になったのだから、また参ろうと」

 台地の農家の人々は、豊作を祝って、十月に皆で浅間神社を詣でた。そして、新年にも皆が詣でた。本来なら小さな社であり、地元の人も、あまり正月ですら参拝はしなかった。それが今年は久しぶりに参詣者が多かった。

「それも信心か。それとも欲得から来る行為か」

 さあ、どうでしょうか、といなしながら木花咲耶姫は八咫烏やたがらすの盃に酒を注ぐ。

「どちらでもよかろうよ。神をあがめ奉る連中とて、所詮しょせん現世利益げんぜりやくを求めて神だ、仏だ、と騒ぐのであるから。人々が幸福であればそれでよいではないか。それにしてもよかったの。毎年正月だけでも詣でてくれる者ができて」

 案山子の横には姉の石長姫いわながひめが侍している。盃を持てない、いや持てても口まで運べない案山子の口元へ、石長姫は盃を運んでくれた。

 大酒飲みの大山津見神のペースに乗せられて、どんどん二柱は杯を重ねた。今宵の八咫烏は酒癖が悪いらしい。酔うほどに絡み酒になっていく。

 石長姫は文句も言わず、何度も盃を案山子の「へ」の口へと運ぶ。

 醜女と聞いていたが、案山子の眼には世間が言うほどのものではない気がした。それどころか、むしろ逆であるように見えた。石長姫の所作は典雅であり、体型もふっくらとしていて、豊かさを想像させる。そりゃ、確かに顔立ちだけを比較すれば、木花咲耶姫の方が美しい。しかし、木花咲耶姫はどことなく楚々そそとして「見せている」ように感じる。美しさはあるが、共にいて何かが発展して二人が豊かになっていくような予感がしない。その理由を案山子は木花咲耶姫を観察しながら探っているのだが、よく分からなかった。「知恵の神」の名折れだ、と心のなかで己をあざけった。

 父親の大山津見神は二人を平等に扱った。どちらが素晴らしいともしなかった。それこそ、長所もあれば、短所もある。そういうものなのかもしれない。

「なんだ、嫁にもらうか」

 見透かしたように父親の大山津見神が問うてきた。

「どちらを」

「二人とも持って行けよ」

「案山子に嫁いでどうするのだ」

 ふむ、そうか、と大山津見神は口元に盃を運んだ。

「それにしても・・・・・・」

 八咫烏の絡み酒が始まった。どこかが痒いのか、大きく翼を広げて、ゆっくりとたたみ直した。

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