第8話 五穀豊穣⑧
ただそこにたたずんでいるだけ、物事を知っているだけだ。
案山子と
とはいうものの、姿を現そうが現すまいが、案山子は案山子。ただ立っているだけだ。
立っただけなのだが、不思議なことに人々は案山子の近くの柿の木の下で一休みし、噂話をするようになった。案山子が現われる前はそんなことはなかった。
農家のばあさまが二人、柿の木の下で一休み。手ぬぐいで汗を拭いながら、相方のばあさんに言う。野良着のばあさまたちはちょうど案山子に背を向けている。丸まった背中は哀愁があると案山子は思う。
「いやいや、今年はなんとかなるかね」
「台風が来なきゃね」
相方のばあさまはポットからお茶を二人分、紙コップに注ぎ、そのうちのひとつを渡す。
案山子はそんな二人のばあさまの丸い背中を見ている。
ちょっと遠くの幼稚園からは、子どもたちの歓声が聞こえる。だが、遠く離れていて、ばあさまたちの会話を遮ることはない。
「でもあそこの栗林はねえ」
ばあさまたちは取り残された丘の麓にある栗林の方を見た。春のそよ風に栗林だけでなく、様々な木々の枝葉が揺れていた。
「クスサンだろ。あればっかりはしょうがないよ。あすこのご亭主は薬使いたがらないから」
地域の噂話をぽつりぽつり、そよ風に乗せた後、ばあさまたちは各々の畑に散っていった。
クスサンとは蛾の一種である。幼虫が栗のなかにいることがある。
案山子の身体には様々な生き物が寄ってきた。オオタカなど大きなものはやってこないが、小型の鳥たちは飛んできて、案山子の腕にとまる。
鳥たちが言うには、クスサンはここ数年、大量に発生していた。だが、これを食べる鳥や蜂、獣があまりいなかった。「都市開発のせいです」と小鳥たちは案山子に告げた。
案山子はこうしてやってくるものたちから世の中のことを知ってゆくのである。
案山子はやってきた虫や鳥たちに依頼した。クスサンの天敵たちをこの地に集めた。
天敵であるヤドリバチの使いは依頼を伝え聞いて、早速やってきた。ヤドリバチは案山子の顔の前でホバーしながらこう言った。
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