第5話 五穀豊穣5

 浅間神社の門前で木花咲耶姫このはなさくやひめは出迎えてくれた。

 長い黒髪を結わえずに垂らし、薄い水色の衣に桃色の裳を履いている。ひだが微風にそよいだ。両腕には、絹の領巾ひれをかけていた。手には桜の枝を持っていた。

 案山子が目の前に降り立つと、深々と頭を下げた。

 頭を上げると、っと案山子かかしの目を見つめ、ニコリと笑った。

 やや丸顔で少しだけ大きなまん丸の目が垂れている。小振りだが厚めの唇には朱がさしてある。色白である。

 顔のパーツが全て、大きすぎず、小さくもない。上品で均整が取れていた。少々鼻が小さく丸いが、逆にそれが愛嬌になっていた。小さな瑕疵きずが他者を引きつける。

 金の耳飾りが揺れ、胸元には勾玉まがだまの首飾りが光る。

 目が合った瞬間、案山子は息をんだ。

 八咫烏やたがらすはそれを見逃さず、鼻で笑った。

「こちらへ」

 何食わぬ顔で木花咲耶姫は二柱ふたはしらを社のなかへと誘った。

「ありゃ、自分が美人だって知ってるぜ、男の視線に慣れてらぁ。嫌な感じだぜ」

「そうか・・・・・・」

 木花咲耶姫の後ろ姿を呆けたように見る案山子にあきれ、白目を剥いた。

 木花咲耶姫が歩むと、短い参道に並ぶ木が桜に変わり、満開に咲き誇った。

「これは見事」

 木花咲耶姫に続き進みながら、拝殿を案山子が見上げる。

 入り口から正面に拝殿が見える。左手には小さな能舞台があり、右手には手水舎ちょうずやがある。社殿は総ひのき造りなどという豪奢ごうしゃなものではない。

 この社は江戸前期に勧請かんじょうされたものだ。杉の木でできた質朴しっぽくなつくりになっている。綺麗に掃き清められた敷石は本殿の手前で切れ、三段の階段がある。階段を上ると、左右に石の台座に載った狛犬こまいぬが左右に並んでいる。右の狛犬の後ろにはかやの木、左の後ろにはまきの木が立っていた。葉はまるで一対を日差しから守る傘のようであった。

 二柱が通ろうとすると、台座の上から狛犬がにらみ据えた、ように見えた。

 案山子の右手の上で、八咫烏が微かに震えたことに、案山子は気づいた。

「なんだ、震えておるのかえ」

「まさか」

「安心せい、なにも威嚇しているのではない。あれはあれで、歓迎しておるようだぞ」

「そうは見えぬがね」

 本殿は日吉造りで、屋根は杉の板でいてある。こけむしていて、青緑色になっている。棟には神紋が三つ並んで付いている。まんなかに左巻きの三つ巴の紋、左右に桜花紋がついている。さらに進むと賽銭さいせん箱と鈴を鳴らす綱が垂れている。

 本殿の格子戸には障子が貼られている。扉は参拝客もあまりいない季節の春なので、閉まっていた。右手格子戸には案内が貼ってあった。裏手にある富士塚の案内だった。「県内最大級」などと書いてあるが、どこへでもいける案山子たちには関係ない話だ。

 木花咲耶姫に続いて、社殿の階を上がる。

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