第3話 五穀豊穣3

 「そうかもしれぬな。同じように神が揉めたという話を聞いても、人間が争うほどの悲壮感は感じないからな。余計な期待もせぬし、失望もせぬ」

 神々である二柱ふたはしらからすれば、そう見えていた。その辺りが人の不可解ふかかいさである。食欲、性欲、睡眠欲などの生存に基本的に必要な欲望が生じるのも、生命が有限だからだ。あいむような争いを仕掛け、己との違いを盾に相手を排除しようと試みるのも、人生が有限だからだ。

 神だって、管轄によっては相対する性質もあろう。だが、相手が違うからと否定していたら、永遠に続く争いになる。それに相手を否定することは自分を否定することも受け入れることになる。

 案山子かかしはつらつらとそう考えていた。鬱陶うっとうしがられるから、八咫烏やたがらすにはくどくどと説明はしなかった。ただ、唐突に「神に道徳は必要かね」と八咫烏に聞いてみた。「人間みたいなやつか。あんなもの、道徳に従えない奴をつまはじきにする道具だろう」と八咫烏は返事した。


 「さて、そろそろ行くころあいだ」

 時刻が進み、谷底の景色も麦酒ビールのような濃い黄金色に染まった。

 二柱はふわりと宙に浮き、栗林から上空に浮き上がった。向こうの丘に向かってゆっくりと飛び始めた。「谷戸やと」の底には人はいなかった。栗林の前には舗装された道路があって、西の方には保育所があった。きっと向こう側の丘に住む子どもたちが通うのだろう。

 向こう側の丘の上の小学校では、子どもたちが「バイバイ」と手を振って別れていった。夕方で各々の家に帰るところだ。子どもたちは小学校から出てきた。今日、校庭では餅つき大会が行われていた。正月で塾もなにもないので、子どもたちが参加したのだろう。学校はちょうど件の養豚場の跡地にあった。

 二柱は飛ぶ速度を上げた。北に向かっていた。目的地は、大きな河のそばの神社であった。

 台地は再び崖になり、崖の下にはまた町が広がった。町のまんなかには鉄道が通っていた。中心に向かうと、都市の色が濃くなった。マンションが建ち並び、車の量も多くなる。

 そして都市を越え、河に近づくと、木造の家並みが再び戻る。河沿いには町と町をつなぐ、江戸時代からの街道が走っていた。

 街道沿いの神社に降り立とうとしていた。

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