第2話 五穀豊穣2

 この「谷戸やと」や、台地の斜面に農地に持つのはみな零細の農家だった。米のりは悪い。栗のような作物、柿、ゆず、梨、びわ、花などの作物を作っていた。

 「何を思うておる」

 栗拾いを諦めた八咫烏やたがらすが、案山子かかしの肩に乗った。案山子の細い竹竿の腕に相応しくないほどの巨体の八咫烏だが、腕が折れる心配はない。二柱ふたはしらに質量はない。

「なに、むこうの丘には、家々が立てられる前のことを思い出していてな。覚えておるか」

 「忘れたな」

 「大きな養豚場があってな」

 「ああ、思い出した。どこぞの大企業が開発するというて、大枚はたいて、土地買ったというやつか」

 「そうそう。もともと羽振りのよい業者のオヤジが、大枚もろうて、養豚場を畳んで、楽隠居らくいんきょすると言うてな」

 「で、どうした。幸せに暮らしとるのか」

 死んだわ、と苛立ったように案山子が言うと、驚いて八咫烏は大きく羽を広げた。その広さは案山子を覆い隠してしまえるほどだった。

 「『悪銭あくせんにつかず』というか。金の感覚がなかったのだ。仮にも養豚場を経営していたのだがな。金の感覚があるようで、なかった。一度に手に入った大金とは他の金とは色が違うのかもしれぬな。あきらかに扱い方を迷っているようだった。どんどん目減りしてな。

 それに養豚場を畳んで、急速に身体を動かさなくなったので、オヤジの体調は変調を来した。そうして養豚場を売っ払った三年後には死んでしまった。

 さて、それからが大変じゃわ。残り金を争って骨肉同士があいいさかいじゃ。金の分捕ぶんどりあいじゃな。典型的な現代の悲劇だ。まるで笑えない」

 「そうか」

 八咫烏はその大きなくちばしを、地に向けて傾けた。

 外国はいざ知らず、日本の神々には、絆とか、人にとっての家族のような感覚はないのかもしれない。生まれ出た順序は存在する。一番最初のカミは尊ばれている。記紀にあるように、序列というのは希薄だ。神々もめる。たいそう揉める。揉めることができるのは、どちらが上だの、どちらが下だのという感覚がないからかもしれない。兄弟といえども、姉が上、弟が下、という感覚もない。弟が傍若無人ぼうじゃくぶじんに振る舞うこともある。

 くっつくも別れるもない。ましてや消滅しそうもない。伊弉冉いざなみは消滅したわけではない。黄泉国よみのくににいる。転じているだけだ。今更いまさら、案山子たち神は消滅しそうもない。それぞれの神には自由なようで管轄は存在する。その分を越えた動きはできない。

 きっと人はいずれ消えてしまう存在だから、家族の意味が重くなるのだと案山子は思った。そう八咫烏に考えを聞かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る