第2話「先生」との出会い(2)

目が覚めると、すっかり朝だった。


あの女はなんだったんだ。

夢にしても、嫌な夢だ。

まだ、血濡れの女の薄気味悪い様子が、首筋にぬったりとこびりついている。


きゅ、急に昨日声かけられたから変な夢みたんだな、うん。

自分を奮い立たせると、僕は重い体をあげ、身支度を整えた。




大学に着く頃には、もう昼になっていた。

新しくできた友人にそれとなく、話してみる。

「昨日変な夢見て寝れなかったんだよ」


「お前、どんだけ飢えてんだよ」

「女と関わりなさすぎて、そんな変な夢みたんじゃーねの。テニサー入れよ、テニサー」


友人たちは、好き勝手に思い思いのことを口にした。


それじゃ、俺ら新歓あるから。あんま気にするなよー。

手をひらひらさせながら、足取り軽く消えていった。


いい気なもんだよな、自分のことじゃないから。

僕はぶつくさ言いながら、指定された教科書を買うために本屋に向かった。


大学の正門の前には大きな通りがあり、本屋や喫茶店などが立ち並んでいる。

その真ん中あたりに、4階建ての真新しい建物がある。それが目的の本屋だ。


「行政法概論は、、、っと、4階か」

区分けされたフロアの、「法律」と書かれたスペースに入り、お目当の教科書を物色する。


「ぎょうせい、ぎょうせい、、、あった!これだ」

取ろうと手を伸ばした瞬間、不思議なものが目の端に飛び込んだ。


ん?なんだこれ。


ぎっしり並んだ本の横に検定試験などのポスターが貼られており、それと一緒に古びた求人募集の紙がぽつんと貼られていた。


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おがみ怪異専門事務所

(給与)能力と業務によって要相談、月末払い

(勤務時間、シフト)激短1日~OK!

(仕事内容)事務処理、アシスタント等

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おかしい。本屋なのに明かに場違いすぎる求人だ。

そもそも、怪異専門事務所ってなんだ。聞いたことがない。

仕事内容も漠然としているし、インチキ宗教か、探偵もどきのことでもさせられるんだろう。


鼻でふっと笑うと手を伸ばしかけた本に目を戻した。


そのまま指定された教科書を数冊手にし、レジに向かおうとする足がふと止まる。


いやでも待てよ。今月教科書代だけでかなりの出費だ。定期や携帯料金の支払いを済ませたら、懐事情が相当厳しい。


バイトか、、、ここから近いしな、、、。


気づけば、僕は求人の張り紙に書いてあるビルの前まで来ていた。



問題のビルは、こじんまりとしていて、依頼人など来るのだろうかと思わせる外観だった。

薄汚れた白壁に、居住スペースとオフィスが混在しているのだろうか。ベランダに洗濯物まで干している部屋がある。


「ここに本当にあるのか?」

エレベータに乗り込み、閉ボタンを押すとカビ臭い匂いが鼻についた。


チンッ。軽いチャイムのような音が鳴るとエレベーターのドアが震えながら開いた。

おいおい大丈夫かよ、、、


扉を出ると小さなエントランスがあり、右と左にそれぞれオフィスがある構造になっていた。昼間なのにどうも薄暗い。


左は、、、違うな。右か。


ドアの扉には小さな文字で「おがみ怪異専門事務所」と書かれていた。


きぃいい

ドアノブを回すともはやここがホラーなんじゃないかと思わせる音が響き渡る。


「いらっしゃいませ」

パーテーションで仕切られた机の向こうからひょこっと綺麗な女の人が顔を出した。


年齢は20代後半というとこだろうか。きっちりスーツを着ており、セミロングの髪をなびかせこちらに歩いてくる。


「本日は、どのようなご用件でしょうか」

「あ、、、えっと、実はですね、求人をみまして、、、」


女性は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻ると

「では、奥のお部屋にお入りください」

と軽やかに答えた。


「所長、採用希望の方が面接に来られています」

「おお。」

扉をノックすると気怠そうな声が聞こえた。


緊張するな。所長と聞いて、急に体に力が入る。

カネのためだ。面接に通りたい。誠意を見せなければ。

「失礼します」

思いっきり下げた頭を上げた時、僕はびっくりした。


目の前にふんぞり返って座っているのは女子高生だった。

白く透き通る肌に、真っ黒な長い髪。前髪はパッツリと揃え、制服なのだろうかセーラー服を着ている。


偉そうに足を組み、肘掛に頬杖をついている様はなるほど貫禄があったが、チュッパチャップスをくわえながらこちらを一瞥した彼女は、明かに自分より年下だった。


所長??どうみても、子供だよな、、、。


「おい、早く履歴書をよこせ」

「あ、、、はいっ。」

バッと渡した紙に目を通すと、彼女はつまらなそうに机に置いた。


「え、、、あの、、、所長さんの娘さんですか、、、?」

「君さ」

スッと立ち上がった彼女の目がギラリと鋭く光った。


「死んでたよ」


チュッパチャップスを僕に突き出し、言い放った。


意味がわからない。

言っていることも、起きている現状もまったく理解できない。


「はぁ、、、死んでたっていうのはどういうことなんでしょう」

力なく僕は答えた。


「名を教えることは、相手に命を預けることに等しく、生年月日を教えることは生まれてから死ぬまでの道筋を見せるのに等しい」


履歴書なんだから名前も、生年月日も書くだろと思ったが

「覚えておきます」


彼女の迫力に負けて、思わず深刻な顔で答えた。


ぶっ、、、ぶはぁははは

少し間をあけ彼女は笑いを堪えきれないという表情を浮かべた。


「君、面白いね。私はおがみ怪奇専門事務所所長だ。私のことは、先生と呼ぶといい」


「あの、怪奇専門事務所とはどのような仕事をするんですか」

「仕事?仕事なんて様々だよ。まぁ主には依頼者から頼まれる雑務をこなして、報酬をもらうのが仕事、といえばいいか」


「雑務、、、ですか」

「先週なんかはね、迷い猫探してください。なんて依頼ばっかりだが、たまに来るんだよ。」


ふっと口をつぐむと、彼女はニヤリといやらしく笑って言った。


「君みたいなホンモノがね」

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最強霊能力を持つ「先生」と「僕」の怪異談 公大 @koudaisoph

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