第2話

 目が覚めて、時間を確かめるために携帯を見ると朝の七時半だった。前日どんなことがあろうとこの時間に自動的に目が覚める。一種の慣性のようなもので、便利といえば便利である。彼女からの連絡の通知に気が付いたのもその時だった。大丈夫か、無事に帰れたか、というような内容だった。そんなに不安定な様子だったろうかと心配になり、恥ずかしくなり、なぜかすこしだけうれしくもなったのでなるべく丁寧に何の問題もなく帰宅して今目覚めたと返した。

 このまま横たわって目を閉じると次はいつ起きられるかわかったものではないのはわかっていたので立ち上がってカーテンを開けた。日光を浴びればしゃっきりするという目論見は破れて、手漉きの和紙を張り付けたような曇り空が広がっていた。今日はバイトに行く必要はないから雨でもなんでもいいと思うと急に素敵な空模様に思えた。

 慣性のまま動くとなると、朝食は摂らない。なぜ摂らないかというと、普段からそうだからとしか答えられない。こういうことを言うと彼女は質の低い冗談を面白がるようなあの笑い方をするのだろう。昨日はそういう笑いをたくさん見た。あまり頻繁にそうなるので生来の笑顔かと考えたが、共有している過去の話をするときはもっとからりとしていたのでやはり私の不安定さを笑う顔だったのだと思う。

 泣いているよりは笑っている方が相手をしやすいので気は楽だが、あどけない笑いのあとに劫を経た収穫としての笑いをされると腰が引ける。だからだんだん嘘に近いことを言うようになった。私が就活をまともにしなかったのは大学でやり残したことがあると思ったからだと言ったが、それは第一位の理由ではない。本当は時間とかカレンダーとかに従って動くのが億劫だったから真面目にスーツを着なかった。それを言うと最早笑ってくれないような気がして気が引けて、嘘はつかなかったが核心は隠した。

 お酒の抜けきった脳でお酒に浸かっていたときのことを考えるといろいろ説明がついてわけがわかってくる。つまるところ彼女は私の浮動を見ていたのだった。いい歳してふらふらして、というやつを観察されていたのだった。それが自分の実況なのでしかたないとも言えるけれど、もう少しちゃんとした方が良いのだろうと考えて、どうすれば良いのかわからないことに気が付いた。

 とりあえず朝ご飯だろうという結論になり、コンビニまで歩くことにした。こうなると雨が降ってくるのは困るようになる。

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