果実酒

きのみ

第1話

 居酒屋から出ると雨は上がっていた。夜の街のさまざまな光に照らされた彼女の眼がカンロ飴のように艶めいて、「人間の目って別に黒じゃないんだよ」と言っていたのを思い出した。

「さて、私は歩いて帰ります」と私が言うと、

「ではここでさよならです」とあっさりした挨拶だった。

「お気をつけて。今日はありがとう」

「そちらこそ転ばないように。地面がまだ濡れてますよ」


 水たまりに車のヘッドライトが映るのを見て「星空が転写されている」などと考えてはつまらない考えだと自分で反論しているうちに家に着いた。会話につまる度にお酒で唇を湿らせたのですっかりくらくらしている。どうしてこういうことになったのかを思い起こそうとした。

 彼女とは同じ中学校と高校に通っていて、高校の卒業とともに私が遠い土地へ行ったのでめっきり顔を見なくなった。制服を着ていた頃もただ同じ部活動をしていたからそれなりに会話などしていただけで、仲が悪いわけではないが親密とまでは言えない程度だった。互いに大学に進んでからは年に一度か二度、高校での三年を経て同じような関係になっていた他の人たちとともに飲酒するとき以外はほとんど完全に没交渉になり、大学を出てからはそういう機会すらなくなっていた。よくある話だと思う。それでいつまでもそのままだと思っていたら彼女の方から連絡が来た。「そっちに転勤になったんだけど、まだそこに住んでるの?」などと気安い雰囲気で送られてきたメッセージに「そうだよ」のような蓮っ葉な返答をしているうちに飲みに行くことになった。それでひとりでへろへろのまま帰宅することになった。

 「今何してるの?」という質問は大学を出てから久しぶりに会う人全員にされてきたもので、彼女も同じ質問をした。

「とりあえずずっとやってたバイトを続けてるよ」

「就活しなかったの?」

「したけど、何か大学でやり残したことがあるような気がしてまともにやらなかった。それから大学でやり残したことなどないと気づいて卒業して、卒業したところで就職には至らないからそうなった」

「へえ。だめじゃん」

 痺れたまま回転数の落ちない頭で会話を思い返しながら何もできずにベッドに倒れた。横になるといよいよ意識が混濁して、なんとなく心地良いような気すらしながら眠りに落ちたので彼女からの通知で携帯が光っているのに気が付かなかった。

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