5

 地に足を下した僕らを案内してくれたのは、どこか偉ぶった風貌をしている恰幅の良い男だった。その熱い脂肪に顔面をパンパンに膨らませてはいるが、さほど年齢を重ねているような様子はない。きっちりとまとめられた髪型や眉は彼のプライドの高さから来ているものだろうと想像した。笑顔が顔に張り付いているのではないかと思えてしまうほど持ち上げられた口角は下がるそぶりさえも見えない。

「さあ! 施設案内してあげよう!」そういう彼の声の張り方は変に特徴的で、イントネーションの上下を感じることができず、鼓膜を直接叩かれたような痛みさえ錯覚した。案内には青島は同行せず用事があるからと一人別行動をお香ことになった。施設案内といわれても、外見から部屋数が多くないことは察していた。考え通り、5フロアほどの案内説明ですぐに終了し、最後に案内された総合指令室なる皆が集まって仕事をする部屋に案内された。

 仕事場というだけあって、まるで事務室のように単調に机といすが等間隔に配置されてあり、入り口から一番遠い場所にはほかの机よりも一線を介した立派な机と椅子が配置されてあった。

「とりあえず、私の席まで進もうか」そういう彼の後にみんな続いた。席にたどり着くと彼はどかりと席に座り「そういえば私の名前を教えていなかったね」と今更なことを言い出し、自分の机に置かれていた名札を持ち上げ名乗って見せた。

「浦島昂だ。よろしく! まあ、そうはいっても君たちとは話す機会すらあるか怪しいが」

 音量の大きさは変わらず大きいものの、どこか哀愁を漂わせ俺たち聞いている人間も息をのむ。幸い、仕事場には俺たち以外の人はいない。だだっ広い部屋に浦島の声だけが響いている。

「青島君には、どういう風に話を聞いているんだい。私には、今日の直前まで君たちの情報なんぞ一つも寄こしてはくれなかったからね。まずはどんな教育をやれた?」

 その問いかけに我先にと答えを話す者はおらず、浦島がひとしきり俺たちを見回すと一拍の間の後に「君がリーダーだったね。どうなんだ」と変わらず声量の大きさで質問を俺に投げかける。俺は招集されてからの生活や、課されてきた課題や授業などをできるだけ簡潔に説明した。その説明の中で浦島の表情は感心したような表情を見せる。そして、俺の説明が終わったと同時にハハハと笑い出す。

「君たちは疑問に思わなかったかい。なんでこんな無駄なことをさせられているんだろうと」

 楽しそうな表情を見せる浦島と変わって、俺らの表情は固まった。今までの生活に疑問符を抱かなかったことはないということを案に示しているからだろう。

「まずは順番に聞こう。手術は受けたかい?」俺の顔を見つめながら、浦島はそう問いかけた。俺は自分の記憶を頼りに首を左右に振った。

「なるほど」浦島がそう返事をしたかと思えば、腹を抱えて笑い出した。

「面白いよ。君たちは知らない間に血液中に奏を仕込まれたわけだ。なんとも悪いことをする」

「どう言うことですか?」思わず言葉が零れ出る。浦島はニヤリと口角を上げ「どう言うとは?」と聞く。

「その奏って、スーツみたいな……」俺の言葉を「そんなわけがないだろう」と高らかに声を張って遮り言葉を続けた。

「開発初期から奏は細胞兵器さ。多少なりとも変わっているかもしれないが、そこから外れることはない」

 そう言い切り、彼は俺たちを見回し「確信を持って奏を理解してる人はいないようだね」そんなことを言う浦島はどこか嬉しそうに顔をニヤつかせていた。

「名前の由来から教えてあげよう。あれは、このシステムの基礎を生み出した人間が、初恋の人間を忘れることができないことから始まった。その男は青春のすべてを研究に捧げるような男だったが、ある一人の女が彼の目の前に現れたせいでそうではなくなってしまった。それどころかその恋すら実りもせず、結果的にただの腰抜けになってしまった。でも、ある時に思い立ったのさ、彼女のクローンを作ってしまおうと。彼には簡単なことのはずだった。だが、彼女は特殊だった。通常の人間では持ちえない能力を持っていた。彼女は、水を自分の意のままに操ることができた。魔法のようにね。彼は水を操る能力の再現に失敗し続けた。そうした記録を彼は残していたから、その記録を基に私が完成させたんだ。初恋の相手である奏姉さんの弟である私が研究者である彼の遺志を引き継いで」

 浦島は、ゆっくりと席を立ち「少しおしゃべりが過ぎたかな」と小さくつぶやく。

「断っておくけれど、システムの名前は元々つけられていたもので私がつけたわけではないし、私に姉のような力はない。むしろ、持っているのは君たちだ」

 浦島はその大きな巨体をめいっぱい伸ばすと「今日はもう終わりにしよう」といい、俺らに先ほど案内されていた自室まで行くように促した。

 長旅につかれただろうと俺たちの体を案じているようだったが、その実は自分が説明づかれただけだろうと推察した。巨体をうんと伸ばしたり、簡単なストレッチをし始めた彼は、俺たちが部屋から出てくるまで自分の席から一歩も離れることはなく、俺が最後に「失礼しました」と扉を閉めるまで続けていた。

 10人目に部屋から出た俺を廊下で待ってくれていたのは3人だった。

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表裏 ユタ @yuutakn

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