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 ひどく簡単に伝えられて「力」がどういったものなのかそれが判明するのは翌朝のことだった。

 部屋にたどり着き、部屋を覗くと机の上には腕時計によく似た見知らぬ機器と一枚の紙切れが置かれてあった。

 その紙には、腕時計のような機器を着用し、外すことがないようにとの文言が記載されていた。その文言に従って機器を腕に巻くとゆっくりと盤面を明るくさせた。何かしらのロゴマークが表示された後は、すぐに何事もなかったかのように暗くなり簡単に操作をしようとしても一切の挙動を示すことすらなかった。

 静かになってしまった腕時計を装着したまま就寝時間になるまでゆったりと過ごしたのち、就寝した。

 翌朝、目を覚ました時にそれは起こった。日頃、寝相の良い事がそうさせたのかくっきりと俺の体に沿った形でベッドや掛布団が真っ黒に焼け焦げていた。「なにこれ……」と思わず声を漏らす。

「あ~。ホテルの人になんと説明しよう……」そうつぶやくが、心のうちはこれがあの言われた「力」というものの正体なのだろうかと頭を巡らせてしまっていた。ホテルのスタッフにベッドをこがしてしまった事を伝えると「大丈夫ですよ」と笑顔で対応してくれた。えらくすんなりとした対応だっただけに面食らってしまっていると、青島隊長に対してすぐに連絡が向かったようで、一刻と立たないうちに隊長に声をかけられた。

「理解できたかい?」ニンマリと嬉しそうに口角を上げる。

「大体ですけどね」あまり歯切れの良い返答は俺にはできなかった。俺の返答にハハハと声をあげて笑う隊長は、いずれわかればいいと俺の不甲斐なさに対して気に留めていない様子だった。その様子に少しばかり安堵したが、隊長の次の一言でその気分は崩れ去る。

「3日後に君たち第一部を戦いに派遣させる。途中までは俺が先導するけれど、最後は君が部長として部員を先導してほしい」

「3日後ですか……」

「時間をくれと頼んではみたんだが、急を要すると言われてしまってな。この日程が限界らしい。だから、戦闘に参加させても問題のない第1だけでも現場に派遣して上をごまかすしかないと判断した。無理をさせることはわかっているんだけれど、全体的な人数から考えればこうするしかなかった。もちろん、生存率も含めてね」

 そう語る隊長の表情が少しでも明るくなることはなく、曇った中に怒りの感情を滲ませているようで、俺は言葉を返すことを躊躇ってしまった。俺らの前では決して暗い表情など覗かせる素振りすらなかった彼から滲み出たその表情には、よほどの耐えがたい感情があるのだろうと推察できる。

 心中を慮ったことに気がつかれたのか「ごめんよ」とぱっと表情を明るく見せ俺に向かい謝罪の言葉を述べた。いえ、大丈夫ですよとかすれた声で返答するのが、彼に恐怖心を感じてしまった俺には精いっぱいだった。

 それからしばらくはお互いに気まずい空気が流れ、そうした空気を炊き散ってくれたのはホテル中に響きわたるかと思わせてしまうほどの「なんだよこれ!」という男の絶叫だった。そして立て続けに、清掃員と思われる人物たちがホテル内を慌ただしく動き回りだしたところで、俺と隊長は何が起こり始めたかを理解した。お互いに顔を見合わせると「にぎやかな朝になるね」という隊長の言葉に小さくうなずいた。

 隊長と二人で、自分と同じことが起こったメンバーたちに状況の説明をしに行くこととなった。淡々と状況を受け入れるメンバーがほとんどで、すべてを説明できるわけではない俺にとっては救いであり、込み合った説明もせずに済んだ。

 その中でとりわけ明るい対応をしてくれたのが、メンバーの吉田郁哉であった。俺よりも頭一つ背の低い彼は、幼い顔立ちに加え、金色に染めたマッシュルームヘアーで、壁を感じさせない風貌をしている。

 俺が声をかけようと彼のもとへ歩み寄ったときには、泣きべそをかいているような声で「どうしよう……」と情けのない声ですがりよってきた。ことの説明を一通り終えると「なんだよお……」と安どした表情と声で大きく息を吐いた。そして、朝起きたときにおこったことを面白おかしく話すその様子は、明るそうな人柄であることを切に感じさせる。そのあと、立ち直ったのかマシンガンのように立て続けにしゃべりだし、俺に返答する余地もなく彼の気が済むまでひたすらに話を聞いてしまい、危うく集合時間に遅れそうになってしまうほど会話が長引く結果となった。

 現場、といっても場所を含め詳細なことを説明してもらってはいないが、俺ら1部隊は大型バスに揺られて長い距離を移動した。どれくらいの時が経過したのだろう、俺はバス内ですぐに寝てしまったため目を覚ました時には目的地へとたどり着いていた。寝てしまったのはどうやら俺だけではないらしく、隊のみんなは眠り眼を擦りながらバスを降りて行った。みんなにつれだってバスを降りようとしたときに、郁哉から声をかけられた。

「よく眠れたかい?」

 ニヒルな笑みを浮かべる彼は、うんと背伸びをしながら問いをなげかける。

「その様子だとぐっすり眠っていたのは自分もじゃないか」

 ハハハと声をあげて笑った彼は、小さく手招きをし俺に顔を近づけるように促した。俺はそれに従い顔を近づけると、彼は小さな声で耳打ちをする。

「このバスが発車した途端に、青島さん以外みんな寝ちまった。運転手もだぞ」

「なんでそれをお前が知ってるんだよ。その言い方だとお前もすぐ寝たんじゃないの?」

「寝るには寝たんだが、意識を失うまで俺だけ遅かったみたいでさ、青島さんの独り言が聞こえたんだよ。うっすらとだけど」

「何を言ってたの?」

「俺らに謝ってた。死ににいくようなもんだって」

「それは……」

 決起集会だと言って集められた日にその思いの丈を直接聞かされている俺はそう重い話だと受け止めなかった。それでも、次の言葉を探すのに時間を有してしまう。簡単に言葉を紡ぐことがどれほど軽率なことか、考える必要もなく理解できる。

 言葉に困る俺に、彼は畳みかけるように言葉を続ける。

「やっぱりおかしいよ。今までだって理解できることあったか?」

 俺は言葉を返すことができなかった。いや、返そうという気さえ持てなかったのだろう。彼から目線をそらし、うつむくだけだった。そんな様子にあきれた吉田は「行こうぜ」と声をかけそのままバスを降りた。

 バスから最後に降りた直後に、バスは走りだし車庫へと向かっていった。

 

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