3
生ぬるい訓練の日々を過ごしていた俺たちに、ある一報が届いた。そして、その一報により俺たちのつまらない訓練の日々は唐突に終わりを告げさせた。
それは、昨日ある実験施設が破壊され、その施設内にいた実験体が実験施設を占拠したとのことだった。これを受け、政府は自衛隊の特殊部隊を用いて、これを殲滅するということを発表した。それに加えて、実験施設のある県の住民を全て他県へと避難させることを決定した。
そして、俺たちが急遽集合させられた理由が、このとき発表された。まるで、この事件が起きることが予期されていたかのように。
珍しく、朝早くから集合させられた俺たちに告げられたのは、数日後に俺たちは実験体を殲滅するために戦場に行くことだった。青島隊長の口から直接言い渡された、戦場へと向かうという発言に動揺を隠せないものが多かったが、訓練に戦闘用スーツを用いていたことで、どこか諦めていたのかすぐに鎮まった。俺たちが集められてほんの1ヶ月経とうとしているような時期で、戦闘用スーツである「奏」に対して少しばかり慣れてきた頃合いだった。
外に出ての訓練も暑さが和らいだおかげでより楽なものとなっていた訓練が、その日から受けたくない訓練へと切り替わった。「奏」を身に纏った状態での簡単なランニングから、今までの倍の量を走らなければいけなくなった。
「奏」はスーツ型の武器という分類になっているらしい。訓練を行う前に専用の更衣室に置かれているロッカーからスーツを取り出し、スーツが破損しないよう慎重に装着する。戦闘用スーツを見に纏うことになるため、普段の状態よりは動きが制限され、重量も重くなる。まるで鎧を纏っているかのような気分になりながら訓練をこないしていた。「奏」による身体の不自由さに不満と疲労が募っていく。それに根をあげるものも少なくはなかった。だが、隊長はそれを許しはしなかった。対価は支払っているだから、続けろと。
そんな辛く苦しくなった訓練が始まって一週間ほどが経過したとき、再び入学式が行われた会場へ行くように集合がかけられた。それも、朝早くに集合したため、俺含め皆どこか眠そうにしていた。
壇上に青島隊長が上がると、ざわざわとしていた会場はしんと静まり返る。そして、生徒のみんなが壇上にいる隊長へと視線を向けていた。
隊長もまた、その視線を感じてかニヤリとした表情をして、ゆっくりと俺たち生徒に向けて一礼をした。
「朝早くからすまないね。でも、今日やることは、今日中にどうにかしないといけないことだから、我慢してほしい。そして、本日やることは、部隊配属に加えて「奏」システムの昇華をしなければならない」
隊長の言葉に合わせて、壇上奥に設置されているモニターが、「奏」に関する資料が表示された。
「今日まで訓練に用いていたものは、「奏」を一切起動させていない状態での訓練だった。訓練目的としては、システムに対する抵抗をなくすこと、基礎体力の向上、そして、システムへの適正判断だった。これまでの訓練から配属先を考えさせてもらった。よって、今回配属先を発表する。全10部隊、各10人構成となっている。名前の挙がらなかったものは、線上には向かわずこれまで通りに訓練を行ってもらう」
そして、「第一部隊」とだけ書かれたスライドに移行し、「第一部隊1番」と隊長が告げるとスライドは、呼ばれる名前を先に表示した。
「神田無一郎」と隊長が続けてその名を告げる。
……俺の名前……?
一番初めに、自分の名を呼ばれた。信じられなかった。対して訓練でよい成果を上げていたわけでも、だれとでも仲良く接していたわけでもない。ただ、一人でそれなりに訓練を受けていただけだった。そんな俺が初めに呼ばれるとは思いもしなかった。そして、部隊長に指名されたことも。
動揺が収まるころには、部隊発表はおろか集会すら終了した後だった。名前を呼ばれた者には後日別途指示が与えられるとのことらしい。
隊員たちは、名前を呼ばれて動揺しているもの、喜んでいるもの、名を呼ばれずに落ち込んでいるもの、喜んでいるものそれは様々な反応をしていた。
その日。僕らは学生から、部隊隊員と昇格したのだった。
各部隊10人ごとに行動するようになった俺たちは、親睦会と称してホテル内の一室に集められた。小さな集会ができるような広さの部屋に、第一部隊のメンバーと総隊長と呼称を改められた青島隊長が集まった。
「まずは、部隊着任おめでとうと言うべきかな。発表させてもらった通り君らは第一部隊。まあ詳しく与えられる呼称は俺も把握していないけど、君たち10人の面倒を見るのは俺だ。あんまりうれしくはないかもしれないがよろしく頼むよ」
そう言った青島隊長は、俺たちに対して深々と頭を下げる。
「君たちは、「奏」システムに対しての適合率が一番高い。特に、神田君。君はほかの子よりもずば抜けて強く力を発揮できる。さすがに、僕を超えることはできなかったけれどね。神田君には頑張ってもらわなきゃいけない。なにせ、一番強くなれる素質があるんだから」
青島隊長は、冗談めかしたような口調でそう言い、俺に握手を求めてを差し出す。俺はその手を握ることをためらってしまった。俺らの面倒を一身に任された人物なのだ、俺たちにとっては殿上人と何ら変わらない。上の方からここまで期待しているといった胸の発言を受けたのだ。俺には動揺しないほうが、難しかった。
「君の悪いところはメンタルが弱いところかな? 発表した時も同じような表情をしていたよ」
やわらかい口調は変わらずに、優しく笑いかけるようにそう言ってくれた青島隊長。
俺は、うまく発せない声を恨みながらなんとか「ありがとうございます……」と言葉を返し、震えた手で差し出された手を握り返した。
「他のみんなもこの部隊の中では実力者にあたる。これからは、その自覚を持って行動してほしい。主に無闇に力を使わないこと。今回は懇談会として集合してもらったから気楽に仲良くなってくれ。俺はこれから他のところにも顔を出さなきゃいけないから」
そのまま、俺ら10人を残して青島隊長は部屋を後にした。残された俺たちは、青島隊長と入れ替わるようにして運ばれてきた料理にそれぞれ手をつけ始めた。
10人中4人が女の子で、それもどの子も同じ年代であろう風貌をしている。
一人は、物静かな雰囲気の子で、長くストレートに伸びた髪が印象的で、細くしなやかな四肢は力感を感じさせることがない。 優しくほんわかとしたその面持ちをした彼女は少しばかりの緊張を含んだ声色で「あの! 自己紹介とかやりませんか?」と言い、それに伴って俺たちはいいよと賛同する声を上げる代わりに、食事をしていた手を止め視線を発信者に向けた。
「私から行きますね! 緑山聖子と言います! 私が一番弱いと思いますけど、皆さんの足を引っ張らないよう頑張るのでよろしくお願いします!」
深々と頭を下げた緑山さんは、少し気恥ずかしかったのか頬がほんのり赤くなっていた。彼女のはにかんだ表情が、強張っていた空気をほんのりと和らげてくれたのか、彼女の隣に立っていた女の子が「じゃあ、うちも!」と声を上げた。
「うちは、モカ! 金井モカって言います!」
金井さんは、褐色の肌をし艶のある黒髪をあまたの後ろでひとまとめにしていた。
特に印象的なのはその瞳の色だった。見たものすべてを吸い込んでしまいそうな透き通った赤い瞳をしていた。ニカリと笑うその表情によく似あった瞳の色をしていた。
それからは、各自あいさつを終えていく。隣のものが名前を言ったらそれに続いて、まだ自己紹介をしていないものが自発的に続いていく。そして、俺の番が巡ってきた。
「えっと、神田無一郎っていいます。正直自分が体調になるだなんて想像もしてなかったので……。その、頼りないところも多いと思いますけど、よろしくお願いします」
俺がそう挨拶すると、右隣に立っていた名前を知田亮という、髪を眩しいほどの金色に染め上げ、幼さ残る顔立ちの青年が、「たしかに頼りなさそうかもな」とニンマリと憎たらしさを感じさせないようなあどけない表情で憎まれ口を叩く。
「やめてくれよ……。ただでさえ、緊張してるのに……」と俺が苦悶の声を上げると「冗談だって」と笑みを浮かべた知田につられるかのようにしてみんなが笑みを溢し始めた。
そうして、食事会は知田と緑山さんのおかげで、なんとか和やかに営まれた。そしてそれは、俺たちが戦火に巻き込まれることの合図になってしまっていたことをこの時の俺たちには実感として全く抱いていなかった。
食事会も無事に終わり、みんなが部隊としてギスギスとした感じにはならないような雰囲気になったところでのお開きとなった。時間としては3時間経っていないだろうか、明日も早くから訓練や説明などが行われるとの通知が事前に通達されていたために、過度に飲み食いしてしまう前に切り上げた形となっている。
みんなが自室に帰ろうとしている中で、俺一人だけ他の食事会場所から戻ってきた青島隊長から二人で話したいことがあると声をかけられた。食事会で挨拶をしてくださった時も、全体集会で彼の姿を見たときには感じなかったが、一つの部屋に二人でそれも適度な声量で会話できる距離に立って見ると彼の体格の良さがより伝わってきた。俺自身も指して身長が低いわけではないが、それでも体調と顔を合わせるためには見上げるような形にならなければならず、彼の持つ雰囲気の重さがより体格を大きくして魅せている。柔らかい表情と口調で「緊張しなくていいから」と俺の肩をやんわりと叩く。
「話って、なんですか?」
俺がそう問いかけると、その柔らかい表情を崩すことなく、柔らかいまま返答が返ってくる。
「君を隊長に選ばせてもらった理由になるんだけれど、君は他の子よりも「奏」に対して高い調和性を示してくれた。俺と同じとは言えないけれど、それに十分近い値だった。システムが本格作動するようになると必然的に君はみんなを引っ張って行くようになるだろう。まずは、その負担を了承してもらいたくてね」
「結構重い責任にはなるかなって思ってますけど、大丈夫です。やれるだけはやりたいので」
青島隊長の問い掛けに即答する様に返事を返すと、隊長は一瞬驚いたような表情を見せるが、直ぐ様に元の柔らかい表情へと戻った。
「それを聞いて安心したよ。本題に戻すけれど、システムが本格的に作動しなくても俺たち二人はシステムの能力を最大限用いることができる。それは、とても強力なモノだから過信して使いすぎないことと無闇に使用しないこと、そして、他の隊員たちも力を使えるようになったときに、それらのことをしてしてしまった場合対処をしてもらいたい」
「そんなにあのシステムってすごいモノなんですか?」
「俺たちの常識では絶対に人間業では無理だと思うことをやれてしまうからね。システムを整備開発している人たちですら、原理を理解できないまま開発を続けているから、どうしてそのようなことができてしまうのかわからないんだよね。まあでも、使えるようになればどんなものかは理解できると思うから、今日頼んだことは心に留めておいてほしい」
どんな力が使えるようになるのか、その詳細を語ってくれる事はなく隊長は俺に別れを告げた。「過信して使いすぎないように」どうしてそのような言い方をするのだろうと一抹の疑問を感じたが、隊長が自ら俺に対してのみ心構えをするように伝えてくるというのはよっぽどのことだろう。それに、「力」というものがどのようなものなのか早く見てみたいと心躍る部分もある。
先ほどまでは、隊長に任命されたことに対しての緊張感から足取りは重く辛いものだったのが、食事会を開催下部屋から自室へと戻る足取りは軽くなっていることに気が付くと、なんと単純な人間だろうと自身を嘲笑してしまいながらも軽い足取りのまま部屋へとたどり着いた。
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