2
僕らにとって、それは忘れられない1日となった。今までの自分たちでは考えることもできなかったような状況になっていた。当然、仲間の中には状況が理解できていない者も多く、理解しようにもあまりの変貌ぶりに考えることをやめてしまっているようだった。僕にとっても、それは理解できているものではない。ただ1人、この状況を作り出したその人は仲間たちの様子を見ながら、嬉しそうに僕の横で笑っている。
ことの始まりは、ほんの2時間前に遡る。
僕らの日常は、朝決まった時間に起床し、健康状態をくまなく検診されてから生活が始まる。とは言っても、やることと言っても健康検査の延長戦のようなものをやらされる。座学は基本的に行われず、簡単なコミュニケーションをこなせるようになるくらいの学習しか施設からはさせてもらえず、実験のようなことばかりをさせられていた。10人を1グループとして同時に試験を始める。試験方法は人それぞれで、人型を模した的にめがけて攻撃を行う者や、わざと負傷させた鼠に対しての治療行為を行う者、100m走など基礎能力を行う者などそれは様々な試験を行う。僕ら個人に合わせた試験内容となっていて、その試験で得られた評価点によって僕らに割り当てられる番号が変わる。1から10までの数字が割り当てられる。数字によっての待遇の変化はなく、ただ、個人を識別するための番号としてあてがわれているらしい。
僕らには、基本的に番号で呼ばれている。個人名などありはしない。だが、1人だけ名を名乗っている者がいる。僕と同じ時間帯に同じ実験等を行なってきた者で、施設からはNo.10-3と呼ばれているが「優雅」と自ら名乗っている者だ。
優雅はとても変わった者だ。僕らの中でも体は細く、髪の毛は見慣れない白色の髪をしている。彼は僕らに対して施設とは違った教育をしてくれる。自由時間などはないが、昼食の時間や就寝時間になると彼は僕らの知らない単語や言葉や考え方を親切丁寧に説明してくれる。「どうしてそんなことをするんだ?」と聞くと彼は「必要になるからさ。研究者たちから教えられる内容だけでは人間として生きてはいけないからね」という答えが返ってきた。その言葉の意味を正確に理解できる仲間はいなかった。
今日もまた、起床しいつものように身体試験が行われた。
物心ついたときから、僕は体内の水を用いて物を創造したり、自由に操ることができた。水性の武器などを創造することはできるが、体内の水分を消費するため、試験を開始する前には、一定量の水分を摂取しなければならない。そのため僕の試験は、初めに手元にあるコップ一杯分の水を飲み、数メートル先に設置されている人型の的に向かって、水を槍状に具現化させ、それを当てる。
僕一人を密室に入れ、部屋の入口から内部を覗いている試験官からの「はじめ」の合図に従って、水を飲み、頭の中で氷柱状のようなもののイメージを固める。両手の掌の上に小さく表れた氷柱を目の前にある的に向かって投げつけた。投げられた氷柱に対して的にめがけて向かっていくように念じている間は、まっすぐに的目掛けて進んでいく。やがて、二つの氷柱は的の中心を挟んで両隣に穴を二つ作り上げた。
僕らがこうした試験をそつなくこなしているが、どのような試験であっても、試験官たちには到底できないものであるらしい。そのことを裏付けるかのように、僕らの試験の最中によく「すげぇな……」と小さく声を漏らしている。
つつがなく試験を終えたところで、試験部屋の外が騒がしくなっていることに気が付いた。いつもつまらなそうにしている試験官たちが皆あわただしく動き回っている。試験部屋には内側から扉を開けられるようにはなっていないため、僕が外の様子を伺うために部屋から顔を出すことはかなわない。試験官たちは、何かをしきりに叫びながら、問題に対して何かしらの対策を取ろうとしている。窓口から外の様子を見ようとしても、さほど司会はよくないため何が起こっているのかがわからない。何も指示されていない上に、この部屋を出ようにも出られない。場が収まるまで試験部屋でくつろいでおこうと思った先に、扉がゆっくりと開かれた。
部屋を開けたのは、優雅だった。全身が煤で塗れ、いつもきれいに整えられている装いもひどく乱れていた。
「元気だったかい?」僕に問いかける優雅は、表情にうれしさを隠し切れないようだった。
「元気だけど、何があったの?」
「No.102よ。今日から君の名前は、滝だ。そう名乗ってほしい」
「どういうこと?」状況がつかめていない僕は、彼に名前をあてがわれたことの意味も理解できず、思ったままに言葉を返した。そんな僕を見て、彼は変わらずうれしそうな表情をしたまま「ついておいで、滝」そう言って僕に背を向けた。服には穴がいくつも空き、煤が多くついたその背中をただただ付いていくほかなかった。
試験部屋から出ると、どうして試験官たちが慌てていたのかの原因がそこにはあった。綺麗な状態である試験部屋とは裏腹に酷く荒れていた。綺麗に舗装されていた壁はコンクリートが剥き出しになっている箇所が多く、所によっては鉄筋すら姿を表しているほどだった。
「何があったの?」
僕がそう優雅に問うと、優雅はにこりと笑った表情を一切変えずに歩みを止め、僕の方に顔を向ける。
「祭りだよ。僕らにとって大切な大切な初めての祭りだ」
「祭り、って何?」
僕は「祭り」という初めて耳にした単語に対しての疑問を優雅に問いかける。彼は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに元のような笑みに変わり「楽しいイベント。そう、楽しい遊びさ」と答えた。
言葉の意味を理解しようと僕は再び辺りに視線を巡らせる。辺りにはせわしなく動き回っている者、身体中を血で赤く染められ地面に突っ伏している者。僕らと同じ服装をしている者や試験官であった者それぞれの遺体が至る所に散見している。
「滝、君に頼みたいことがあるんだ。君の力で試験官たちを攻撃してほしい」
「攻撃? 倒せってこと? 別にいいけれど……」
「よろしく頼むよ。僕はほかに助けなければいけない人たちがたくさんいるんだ。そのためには、試験官たちに邪魔をされてしまう訳にはいかない。後、僕らと同じ服装をしている人たちにこの施設で一番広い部屋の大広間に移動するように頼んでほしい」
それだけ言うと、優雅は僕を残して施設の奥の方へと歩んでいった。残された僕は生き残っている試験官たちを倒していき、近場にいた僕と同じ服を着た者達に大広間に行くように促していった。1時間程度施設内を歩き回り、動いている試験官たちを倒していくと、先刻まで騒がしくしていた施設も静かになっていた。
僕と同じ服装をしている人たちは全員が揃っているわけではなく、何人かは倒れて動かなかった。倒れた人たちを除いても100人いるかどうかの人数は残っていた。そして、最後に大広間に姿を表したのは優雅だった。彼は、大広間に入ると広間に残っている人数の多さに驚いていた。
「想像よりも生き残っていたのか。さすがだね」
優雅はゆったりとした口調で僕に声をかけた。
「言われた通りにやったけれど、君は何をしていたの?」
「僕らの行動に関する一番大切なことをしていたんだよ。さて、みんなをどうコントロールしようかな」
顎に手をやり、悩んだそぶりを見せる優雅だったが、その表情はどこか嬉しそうだった。
そう、この施設の機能を停止させ、僕らだけが生き残っているこの状況が、本来あってはならないことであり、今日を境目に僕たちの日常がなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます