迷い道
普段通る人のいない山道は、薄れていて、見極めが難しい。目をすがめ、落ち葉の積もり具合を確認するが、道なのか、単なる地面のへこみなのか、判別がつかない。少し油断すると、すぐに外れてしまう。
風が枝の間を吹き抜ける。鳥が囀る。
穏やかな木漏れ日が揺れ、心安らぐ森の中で、シエロたちは呆然と立ち尽くした。
「迷った、ね」
「そうだな」
注意深く空気の臭いを嗅いでいたレミも、肩をすくめた。
もう、近くまで来ているはずだ。薪をとるため木を切った跡は、確認できた。しかし、周囲に人の気配がなく、調理の煙も見えない。
人の気配がない、ということは、ディショナール王がスティン国へ進めた軍も、近くにいないということだ。それは朗報だが。
「いくらなんでも、何も感じないってことはないはずだけど」
地面へ耳をつけ、レミは困惑したように唸った。獣人の優れた感覚でも感知できないくらいに身を潜めるのは、困難だ。
シエロは、傍の木を見上げた。
「登ってみようか」
何気なく口にしたが、木登りの経験はない。塔に閉じ込められたレミを助けた際実感したが、高いところは苦手だ。
「魔導力で探る手もあるが」
シドが杖を掲げる。しかしそれは、ファラに止められた。
「地の声を聞くことができる人たちです。先に力を感知され、警戒されるのは良策ではありません」
落ち葉の上に、ファラは荷物を降ろした。意図を察し、シエロは首を傾けた。
「見てきてくれるの?」
「こういうときの翼です」
合点するレミの横で、シドが眉を上げた。
ファラの体が眩く光る。見る間に縮んで、くたりと落ちた服の隙間から、純白の小鳥が羽ばたいた。
「すげっ」
興奮するシドの鼻先で、バチリと羽根を鳴らす。枝の間をすり抜け、変化したファラは視野から消えた。
「うわあ。マジ、びっくり」
目を白黒させるシドに苦笑し、木の幹へもたれた。ファラが戻るまで、待つしかない。
ともすれば、王の出兵について考え、陰鬱になる。
シエロが気に病んで、どうこうできるものでもない。無駄に気落ちするより、考えない方がいい。
他の話題にしよう、と、シエロは誰よりも早く口を開いた。
「なんか、いつも、甘えちゃうんだよね、結局」
足元の落ち葉を、槍の柄の石突でつついた。裏返った葉の下から小さな虫が這い出て、慌てたように身をくねらせる。
「いいんじゃないの」
腕を組み、レミもどっしりと根を張った木の幹へ横向きにもたれた。
「ファラだって、シエロのためなら喜んでるようにみえるけど? 過保護とは、思うけど」
「完全に保護者ポジションだもんな」
保護者か、と、シエロも小さく笑った。
仕事に忙しい両親の代わりに、ファラはいつもシエロの傍に居てくれた。竜を探すという無茶な王命に従う旅にも、当たり前のようについてきてくれた。
鳥人は、世界にただ一人。自分だったら、孤独で心細くて、それだけで死んでしまいそうだ。
「ファラに、恩返ししたいんだけどな」
旅の間に、返したい恩がどんどん増えているが。
「そうだね。何がいいのかなぁ。山盛りの野菜とか? 果物とか?」
「レミ、食べ物ばかり」
同意してくれるのは嬉しいが、ファラへの恩は食べ物で返しきらない気がする。
ファラのために、何ができるだろうか。
考えているうちに、羽音が下りてきた。純白の小鳥が舞い降り、モゾモゾと服に潜る。光に包まれたと思うと、人の姿となったファラが息を吐いた。髪に付いた落ち葉を払う。
「集落の場所が分かりました」
「良かった」
「ですが」
喜ぶ一同に、ファラは言い淀んだ。
「やっぱり、入れてくれなさそう?」
眉を顰めるレミへ、サラサラと癖のない髪を振る。
悪い予感しかない。
しかし。行かなければならない。
「案内、してくれる?」
シエロは、ファラの荷物を持ち上げた。
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