殺意

 瀟洒な大理石のバルコニーは、夜の闇に沈んでいた。

 男は一人、バルコニーへ出た。開いた硝子扉から、カーテンがふわりと出てくる。

 月は山の稜線に沈んだ。闇が男の影をも飲みこむ。

 さらなる暗い物陰へ、男はゆらりと顔を向けた。

「仕留められず、か」

「申し訳ありません」

 低い声が応えた。

 闇の中で、男は唇の端を上げた。

「運だけは、持ち合わせているんだな」

 男自身、運には何度か助けられた。

 だが、運に恵まれるのは、自分だけでいい。

「おまけに、獣人と魔導師を味方につけた、か」

 非力な楽師一人、簡単に消し去れると思っていた。

 だが、男が放った刺客から、二度も逃れた。

 許すわけにはいかない。

 男の思惑に反するものは、いかなる虫けらであろうと、看過できない。

 必ず、なぶり殺さなければ、心が慰められない。

「次は、よい知らせを待っているぞ」

 冷ややかに呟く。

 物陰で、首肯した者が立ち去る。気配が遠ざかった。

 風が、甘い花の香りを運んだ。

 穏やかな春の夜更けに、星明りが静かに闇を作る。

 星読みは、強大な力の訪れを予言した。

 大地が血に染まり、竜が目覚める。

 男は、腰に提げた剣の柄へ手をかけた。

 今まで、手に入らなかったものはない。

 残るひとつにたどり着くまで、あと少しだ。

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