バザール
『隻眼の鷲』
半球型の高い天井には、ふんだんに色硝子が使われていた。様々な色に染まった陽光が、大きな建物の隅々まで明るさを届けている。中央に設けられた円形の広間を囲むように、店舗が並ぶ。
昼下がりの屋内バザールは、様々な色と形に溢れていた。
質の良い織物、絨毯、煌く装身具、骨董品。茶葉、酒、乾し肉、チーズ。王都でも、数箇所を巡らなければ手に入らない品々が、一堂に集まっていた。
掲げられた看板の多様さにも驚かされる。茶葉と焼き菓子を並べた店の看板は、花を持った少女と鳥籠をあしらったレリーフで、可憐さが上品に漂う。隣の骨董品店のものは、すっきりとした枠内に毅然と描かれた銀の短剣が、澄みきった冬の空気を思わせた。
着飾った人々が、商品を見て回る。従者を連れている人も多い。
街角で演奏をする楽師の格好はみすぼらしく、場違いに感じられた。竪琴を抱え、シエロは背の高いレミの後ろで縮こまった。
レミは慣れた足取りで広間を横切っていく。
獣の耳は、頭に巻きつけた布で隠していた。尻尾も、マントの中だ。獣人であることが分かると、用心棒をしてほしい、私兵として雇いたい、ちょっと勝負しようなど、声を掛けられて面倒なのだという。
彼女の服装も、けして高価なものではない。一城主の娘としてそれなりの質ではあるが、簡素な旅装だ。
膝裏までのマントに筒袴、腰丈の上着。しなやかなブーツ。
しかし、胸を張り、大股で毅然と歩く彼女の姿に、広場で談笑する人々は目を留める。惚れ惚れと眺め、あるいは恭しく会釈をして道を譲る。彼女から滲み出る風格が、初対面の人にも伝わるのだろう。
その後ろを、シエロはコソコソと、影のように歩く。せめて従者のように振る舞えばいいのものを、これでは、連行される犯罪者だ。
別段悪いことをしていないのに、と唇を噛んだところで、レミが嬉しそうに看板の一つを指差した。
「ここだよ」
逞しい猛禽類の鉤爪が蛇を掴んでいる、鉄の透かし彫りの看板が下がっていた。華々しい他店と異なり、鋭い空気が立ち込めている。
頑丈な木枠の扉を押し開けると、『隻眼の鷲』の店名に似合う眼帯の男が、顔を上げた。袖なしのシャツからは、肩の筋肉が盛り上がっている。
「おう。ひさしぶりだな、レミちゃん」
破顔しても、凄みがある。
だが、レミは臆することなく挨拶を返した。
店主らしき眼帯の男は、レミの出で立ちをしげしげと見た後、シエロたちにも目を留めた。片目でも十分な迫力がある。思わず身を竦めた。
物言いたげな視線に、レミが頷いた。
「この人の用心棒として、ちょっと社会勉強をしに行くことにしたんだ。具足一式、見繕ってもらえないかな」
「任せておけ」
余分なことは聞かず、店主は防具が並ぶ一角へレミを招いた。
「その辺、勝手に触らなければ自由に見ていていいよ」
まるで、店員の一人かのように、レミはぐるりと腕を回した。
言われなくとも、シエロはおどおどと、店内を観察し始めていた。
棚には、あらゆる武具が並んでいた。
剣、槍先、弓矢、斧、鎖鎌、山刀、三日月刀。
そのうちのひとつに、シエロは惹きつけられた。
細く、鋭い短剣である。磨かれた刃が冷たく光を反射させている。柄に華美な装飾はない。木を滑らかに削った面に、細い革紐が巻かれているだけだ。だが、緻密に計算された美しさがあった。
傍に寄り、じっと見詰めていると、いつの間にか背後に店主が立っていた。
「さすがはレミちゃんの連れだ。お目が高い」
強面だが、人の良さそうな笑みで頷かれ、シエロは目を泳がせた。
「い、いえ。僕、武具には全然知識なくて。綺麗だなって」
「その直感が、正しいときもある」
店主は、短剣の留具を外した。
「持ってみるか?」
「いいんですか」
恐る恐る、柄を握った。思ったより重い。光に当てると、研ぎ澄まされた刃に青みかかった銀色の筋が浮かんだ。
「クリステの鉱山で採掘された鉄鉱石を、隣国のスティン国で鍛え、その鋼から作られた一品だ」
「すごいなぁ。これなら、僕でも」
使えるだろうか。
クリステの町で、血に汚れた服を着替えるレミを待つ間、彼女の剣を預かった。クリステ城の宝剣を模したといわれる剣は重く、両腕で支えておくのが精一杯だった。レミのように、片手で軽々と扱うなど、到底できない。
短剣なら、非力なシエロでも振るえるのではないか。
だが、店主は苦笑した。シエロから短剣を受け取り、元のように留具で固定する。
「短剣は、接近戦で使うものだ。敵の懐へ躊躇なく踏み込める度胸と、素早さが要求される」
どれ、と店主はシエロの肩に触れた。両手の指で、腕から背中を揉むように圧していく。
「ひゃ」
棒のように直立するシエロの上半身に一通り触れ、店主は腕組みをした。
「そうだな。お客様に最適な武具は」
曲げた指の山を顎に当て、しばらく考える。固唾を飲んで答えを待つシエロの眼差しを受け、隻眼がまなじりを下げた。
「レミちゃんだな。彼女がいれば、最強だ」
「それが、いやなんです」
零れた呟きを後悔して、シエロは俯いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます