第13話 山と探し人(前編)

 街を流れる川に沿って上流に歩いて行くと、山がある。

 あまり高い山ではない。道は整備されていて歩きやすい。山の中腹には川辺に大きな公園もある。小学校の遠足などでもよく登るような山だ。


 葉月は山道を登りながら息をはいた。

 山の木々が日陰を作っているから、夏でも他の場所と比べれば涼しい。暑くないというわけではないが。


 じじの話を聞いて、葉月は休日を利用して山に訪れていた。もちろん目的は、山に住む妖怪に洋館の旦那様について聞くことだ。

 しかし、山に入って一時間ほど。まだ妖怪に出会わない。


「うーん、全然妖怪に話聞けない。もうちょっと簡単に聞き込みできると思ったんだけどなあ。ごめんね紬さん、結構時間かかりそう」

「そうか。まあ、気長にいこうぜ。まだ昼前なんだし」


 葉月の後ろを歩いていた紬が、辺りを見渡した。見えるのは木ばかり。紬はため息をついた。


「どうせ俺には妖怪が見えないし、俺が探したところでって感じだけど。悪いな、力になれなくて」

「ううん、ありがとう紬さん。ついてきてくれて嬉しいよ。ごめんね、わざわざ」

「どうせ暇してたんだし、気にすんな。瑠衣にもしつこく言われちまったしな」


 葉月は苦笑いを浮かべた。

 聞き込みのために山に行くと瑠衣に話したとき、「一人じゃ危ないでしょう」と口うるさく言われてしまった。それはもう鬼気迫る勢いで。「葉月は危なっかしいのだから」と心配してくれるのは嬉しい反面、ちょっと複雑だ。そこまで心配されるほど、自分は危なっかしくない、と思う。


 しかし休日、瑠衣は瑠衣で用事があり、一緒に山に行くわけにはいかないようだった。来週にでも日付をずらせば一緒に行くと提案もされたが、葉月は一刻も早く山に行きたくて仕方がなかったから断った。そこで、葉月のお守り役を瑠衣の代わりに任されたのが、瑠衣の兄である紬だった。


 葉月と紬が二人で出かけるのは珍しくて、少しだけ緊張する。紬といる時はだいたい瑠衣も一緒にいる。二人きりというのはあまりない。

 緊張を紛らわすように、葉月は会話を続けた。


「緑さんが教えてくれたんだけどね、山に住む妖怪はあんまり人に慣れてないんだって。人と関わらずに、自然の中でゆっくり生きるのが好きな妖怪が多いみたい。だから山の妖怪に聞き込みするのは難しいかも――って聞いてはいたけど、ここまで遭遇しないとは思わなかった」


 カフェ店員で紬の親友でもある緑さんは、妖怪を見ることができる人だ。葉月よりも妖怪について詳しいから、何かと妖怪について教えてくれる。

 その緑さんから、山の妖怪に会うのは難しいと事前に聞いてはいたのだが、本当に難しいようだ。


 街でならすぐ妖怪に出会えるのに。街だとふと横をみれば妖怪がいる。

 とはいえ、この山に妖怪がいないわけではないのだ。時々、木々の合間に何かがいる気配はする。しかし、声をかけようとするとすぐに消えてしまう。それの繰り返しだ。


「紬さんがいてくれてよかったよ。一人だと心折れてたかも」

「そうかよ、それなら何より」


 紬はそう言ってそっぽを向いた。褒められたり、お礼を言われたりすると、紬はいつもそっぽを向く。紬は年上の男性だけれど、こういうところは可愛いなと思う。

 葉月がふふっと笑ったとき。


「あ」

「うん?」


 最初は小動物かと思った。

 目のまえをちょこちょこと動く者がいる。

 手のひらほどの大きさ。リスのようにもふもふしている。しかし、普通のリスと違うのは、緋色の着物を着ていることだ。

 妖怪、だろう。


「あの、そこの妖怪さん、ちょっとお話が聞きたいんだけど!」


 リスのような妖怪はぴょんっと跳ねた。驚かせてしまったのだろう。尻尾がぴんっと空に向かって伸びている。

 妖怪は葉月をみると、わたわたと慌てた。


「あ、待って待って、逃げないで! 話が聞きたいだけなの! 街にある洋館の旦那様のこと知らないかな? えっと、百年くらい前の、すっごい大雨の日に、人間の男の人が山に来たと思うんだけど、知らない?」


 妖怪は真っ黒くてまん丸な目で葉月を見上げた。


「知っていたら教えてほしいんだけど――あ、待って」


 妖怪はぴゅんっと走っていってしまった。すばしっこい。

 また逃げられてしまった、と葉月は肩を落としかけるが、妖怪が道の途中で立ち止まって後ろを振り向いているのが見えた。その場で数回跳ねている。


「ついてこいってことかな」

「あ、おい、待てって葉月」


 葉月が妖怪のあとを追って近づくと、また妖怪は走る。そして途中で立ち止まって、振り返る。


「紬さん。妖怪がどこかに連れていってくれるみたい。行ってみよう」

「どこかってどこだよ。大丈夫なのか、ついて行って」


 紬はあわてて葉月を追いかけてきた。

 紬には妖怪のことが見えていない。きっと今とても戸惑っている。

 しかし葉月にも詳しく説明する余裕はなかった。


「多分、大丈夫。悪い子って感じしないから。もふもふで可愛いし」

「もふもふって――、ほんとに大丈夫かよ。危なそうだったらすぐ引き返せよ」


 うん、と返事をして、葉月は妖怪を追いかけた。紬もそんな葉月を追いかける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る