第14話 山と探し人(中編)
妖怪の後ろについて暫く進んでいくと、開けた場所に着いた。水が流れる静かな音がする。河原だ。
その側には石造りの小ぶりな建物が、山肌に沿って造られている。規則正しく石レンガが連なった塔のような建物は、真ん中が丸くアーチ形にくりぬかれていて、そこに鉄の扉がついている。
疏水旧取水施設といわれる建物だ。鉄の扉は水門で、水を止めたり、流したりしている。
明治の時代にこの街が開発された頃、街は水不足に悩まされていたらしい。そこで、国をあげて対策がとられた。街の飲み水や、水田の灌漑用の水を供給するため、この施設が造られたそうだ。今では明治の貴重な遺産として扱われている。
葉月なんかは学校の歴史の授業でこの施設を習ったが、疎水旧取水施設と名前をはじめて聞いたとき早口言葉かと思ったものだ。
葉月は施設を見上げる。
「ここ、明治に造られたってことは、奥様が生きていた時代のものなんだよね。そう考えるとちょっと不思議だな」
「洋館と同い年ってことだもんな」
石造りの施設の周りには小ぶりな木や、草が生い茂っている。自然の中に溶け込む石造りの人工物は、不思議な空気が漂っていた。
しかし、同じ時代に造られた施設ではあるが、洋館はもっと現実味があるし小奇麗な気がする。
そのとき。
「おや、葉月さんではありませんか」
施設から視線を外して、声のする方をみると河童がいた。川辺にある岩に腰をかけて不思議そうにこちらを見ている。
「河童さん、そっか、普段は川辺に住んでいるんでしたっけ」
ここまで連れてきてくれたもふもふの妖怪が、河童のもとに駆け寄るとその肩にのぼった。
「君がこのお二人を連れてきたのですか」
河童と妖怪は何だかわいわいと盛り上がっている。友だちのようだ。
「葉月、今どういう状況? 全く分からん」
眉を寄せる紬は葉月に耳打ちをする。葉月は知り合いの河童が目の前にいること、その河童ともふもふの妖怪が友だちらしいことを伝えた。ふーんと紬は頷く。
「どこまで妖怪のこと信じていいのかは分からねーけど、そのもふもふの妖怪がここまで連れてきてくれたってことは、河童が旦那様のことを何か知っているのかもな」
「そうだね、聞いてみる。――河童さん」
何ですかな、と河童はこちらを見た。
「私たち、街にある洋館の旦那様について調べているんです。何か知りませんか?」
「洋館ですかな?」
「はい。真っ白な洋館です。明治の時代に造られた、貴族の別荘なんですけど」
「ええ、ええ、もちろん。あの館のことならよく知っていますとも」
「私、その洋館の奥様とお友だちなんですが」
「おや、それは驚いた」
河童は心底驚いたように、目をまん丸にした。
葉月はその反応に首を傾げながらも話を続けた。
「明治の大雨の日、その洋館の旦那様がいなくなってしまって。それで私たち。今、旦那様について調べているんです。洋館の奥様が、ずっと旦那様の帰りを待っているから」
「ああ――、まだ、彼女は待ってくれているのですか」
河童は、なんだか寂しそうに遠くを見つめた。
葉月はますます首を傾げる。
「あの、河童さん?」
「ああ、申し遅れました。葉月さんがお探しの、その洋館の主ですが。それは私なのです」
まあ、元ですが。河童はそう言って自嘲するように笑った。
一瞬時が止まったような錯覚に陥った。
葉月は河童の言葉を頭の中で反復し、意味をかみ砕き、咀嚼する。
そして「え」と一際大きな声を上げた。
「え、え、旦那様?」
「いかにも」
河童は大きく頷く。
「待ってください、そんなことあります?」
「どうした葉月」
心配そうに紬が葉月の顔を覗き込んだ。
河童の言葉を紬に伝えると、紬も時が止まったように動かなくなった。そしてその後、動揺する。
「だって、河童なんだろ? なんで旦那様が河童になるんだよ。そんなことあるか」
「そんなことない――、いや、まって。あるのかも」
葉月は唇に手をあてて思いだした。つい先日聞いた話だ。人が死んでから姿を変えた話を聞いた。
「死んだら体を失って、その後にどんな姿になるかは自由、ってこの前、別の妖怪から聞いた」
神社に住む猫又のじじは、もともと人間で、死んでから猫に姿を変えたのだ。体を失えば姿が変わるのも不思議ではないのだと言っていた。
それでは、旦那様は河童に姿を変えたのか。
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