第6話 川と河童

 石の川がある。

 水が流れていなくて、川には石が敷き詰められているだけ。伏流水の川だ。川の水は地表ではなく地下を流れている。

 そこに、河童が倒れていた。


 学校帰りの葉月は河童をみて声を上げた。

 急いで駆け寄ると、慣れた手つきでペットボトルの水を河童の皿にかける。一本全て使いきったところで、河童を抱き上げて、近くの公園へと向かった。河童は人間の子どもくらいの大きさだ。少し重いけれど、かつげないことはない。

 河童の体は乾燥していて、もう少しで干からびてしまいそうだ。


 公園の中央には池がある。息を切らしながらそこまで向かうと、河童を池に放り込んだ。

 河童は池に沈んだ。少ししてからぷくぷくと泡が浮いてくる。そして河童の顔がぬっと水面に出てきた。


「葉月さん。いやあ、助かりました。もう少しで干物になるところだった。いつもいつも危ないところを助けていただき、ありがとう」

「本当にいつもいつもびっくりさせないでくださいよ」


 いやはやお恥ずかしいといって、河童は自分の頭をぺしっと叩いた。


「もう、河童さんは何がしたいんですか。河童なんだから、大人しく川にいてくださいよ。そのうち本当に死んじゃいますよ」

「葉月さん。あそこも立派な川ですよ」

「川は川ですけど、水がないでしょう。水のある川にいてください」

「それは困った」


 河童は笑った。

 この河童はよく街で干からびそうになっている。大人しく水辺にいればいいのに、何故か水辺を離れるのだ。河童の住処はもっと山に近いところにある川なのだが、その川をくだって、例の石しかない川で倒れているのをよく見かける。その度に、葉月は水をかけてあげるのだ。


 最初見かけたときはパニックになったけれど、今ではもう慣れてしまった。

 河童がいうには、なんでも行かなくてはならない場所があるらしい。


「行きたいところがあるのはいいですけど、せめて川に水が流れている時に移動すればいいのに」

「いやいや、それが出来たら苦労はしないのですがね、無理なのです。葉月さんはあの川に水が流れているのをご覧になったことがございますか」

「ないですけど」

「あの川は滅多に水が流れません。水が流れるのは大雨のときだけ。それもただの大雨ではない。大、大、大雨くらいでないと、水は流れません」


 まあ、そうかもしれない。

 伏流水の川は、本来地表に流れているはずの川の水が地下を流れている。しかし、雨がふり、地下の水があふれ出した時だけは地表にも水が流れる。だが、よっぽどの雨でないと水があふれることはない。葉月はこの川に水が流れるのをまだ見たことがなかった。


「大雨の日なんて、風も強いし、川の水の流れも速いのですよ。いくら河童の私でも、そんな日に出歩くのは危険というものです」


 やれやれと河童は肩を竦めた。河童なのに、随分と人間みがある。


「言われてみるとそうですけど。でも、河童さんにとっては今だって危ないですよ。最近暑いんだから。すぐに干からびちゃいます」


 ニュースで熱中症という言葉を聞かない日がない。最近はとくに暑いのだ。

 陸で生きる人間が倒れるくらいに暑いのだから、水辺で生きる河童には余程厳しいだろう。


「とりあえず、今日はもう大人しく山に帰ってください。これ以上私に心配かけさせないでくださいよ」

「ううむ――、葉月さんにそう言われてしまうと仕様がない。今日のところは山に帰るとしましょう」


 ああ悔しいと河童は肩を落とす。

 じゅうぶん水分補給をした河童は、名残惜しそうに山へと帰っていった。

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