第7話 神社と兄弟(前編)

 街にはひっそりと、小さな神社がある。

 その神社では、二人の兄妹が神に奉仕している。

 神社は木々に囲まれて、そこだけ街の喧騒から外れている。といっても、この街はどこにいたってのどかで、喧騒とは程遠いのだが。


「瑠衣、おはよう」


 葉月が声をかければジャージを着た幼なじみの瑠衣が振り向く。その手には竹ほうきが握られている。

 朝日を浴びて、瑠衣の髪がきらきらと光った。


「おはよう。来てもらったところ申し訳ないんだけど、見ての通り掃除が終わってないんだ。掃き掃除だけ先に終わらせてもいいかな?」

「どうぞ。何か手伝おうか」

「ううん、大丈夫。もうすぐ終わるから」


 ちょっとだけ待っていてと言って、瑠衣はまたほうきで境内の掃除を始めた。

 瑠衣は外国の王子のような外見だが、由緒正しいこの神社の一人娘だ。家も純和風である。休日は巫女の恰好をして神社の手伝いをしていることもある。


 洋風と和風のギャップが凄まじいが、それはそれで瑠衣のファンには受けているそうだ。ファンの子がたまに神社にきて瑠衣と話しているのを葉月は何回かみている。

 ファンの間では、「きちんと参拝すること」、「必要以上に瑠衣に話しかけて仕事の邪魔をしないこと」、「他の参拝者に迷惑をかけないこと」などという、神社に来る際の厳密なルールがあるらしい。

 瑠衣のファンは最高の民度の良さを誇る、を合言葉に活動しているようだ。


 たしかに、瑠衣のファンはいい子たちが多いと思う。たとえば少女漫画などで、主人公の女の子が学校のアイドル的存在の男の子と仲良くなる。すると、取り巻きの女の子にいじめられる。そんな展開はよくある。しかし、葉月は瑠衣とよく遊ぶし、一番仲がいい友達とさえ思っているが、瑠衣のファンからいじめられた経験は全くない。むしろファンの子たちとも仲良くしている。

 たしかに、民度はとても良いのだ。


 葉月は掃除の邪魔にならないように境内の隅に移動した。そこから瑠衣を見守る。掃き掃除をする姿まで絵になるのだから凄い。

 そこに、境内の横から男の声がした。


「瑠衣、ほうき貸してくれ」


 頭をかきながら近寄ってきたのは、シャツにジーンズというラフな恰好をした男。少し長めの髪は、作業の邪魔なのかピンでとめている。

 瑠衣の兄である紬だ。


「お、葉月。来てたのか。おはよ」

「お邪魔してます」

「おう」


 短く答える紬は、妹の瑠衣とはあまり似ていない。瑠衣が王子なら、紬は不良だ。ぶっきらぼうだし、口調も荒い。

 けれど、神社の手伝いはよくしている。見た目は少しチャラついているけれど、何だかんだで優しいことも、葉月は知っている。紬は昔からよく葉月と瑠衣の面倒をみてくれた。

 子供の頃、葉月は迷子になることが多かった。そんなときに、紬はいつでも真っ先に葉月を見つけてくれた。

 葉月にとっても兄のような人だった。


「緑さんがたまにはお店にきてくれって言ってましたよ」

「ああ、瑠衣からも聞いた。けど俺、ああいう洒落た店好きじゃないんだよ。なんかむずがゆくなる。それに俺、コーヒーより日本茶の方が好きだし」

「兄さんは縁側で日本茶飲むのが好きだもんね。おじいちゃんみたい」

「いいだろ、別に。悪いかよ」

「いーえ」


 葉月と瑠衣はくすくすと笑う。紬はそっぽを向いた。


「さて、掃除は終わり。これ以上葉月を待たせるのも悪いしね。今日は学校の課題やるんだから、兄さん邪魔しないでね」

「分かった分かった。言われなくても邪魔なんてしないっつーの。片付けしておいてやるから、早く行って来い。父さんには声かけてけよ」

「はーい」


 瑠衣は紬に掃除道具一式を預けると、葉月を連れて社務所に向かった。そこではこの神社の神主で、兄妹の父であるおじさんが待っていた。

 にこにこと葉月に挨拶をしてくれるおじさんは、笑った顔が瑠衣と似ている。いつでも朗らかなおじさんのことが葉月は大好きだ。


「掃除終わったから家に戻るね、これから葉月と学校の課題やるから」

「ああ、お疲れ様。葉月さん、ゆっくりしていってね」


 ありがとうございます、と答えるとおじさんはうんうんと笑顔で頷いた。

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