第5話 紅葉並木と家とお菓子好き

 紅葉並木が続いている。

 紅葉は約八十本。二百メートルにわたって紅葉並木が続く。秋になると紅葉が真っ赤に色づき、まるで紅葉のトンネルのようだと言われている。

 今は夏だから、緑色の葉のトンネルだ。

 葉の隙間から、小さな妖怪が葉月のことを盗み見ていた。薄ピンクのまん丸な体。小さな手と足がちょこんとついている。まるで風船みたいだ。


「ふわちゃん、おいで」


 葉月が手を振ると、ふわふわと浮かびながら近寄ってくる。その様子が可愛らしいから、葉月はこの妖怪のことを「ふわちゃん」と呼んでいる。

 葉月は鞄の中から一粒のチョコを取り出し、銀紙をめくってふわちゃんに渡した。ふわちゃんは目を輝かせてチョコを小さな口に放り込んだ。

 紅葉並木は葉月の家と洋館の間にあった。だからよくこの道を通る。ふわちゃんはこの紅葉並木を住処にしているようで、通る度によく出くわした。葉月はふわちゃんに会うといつもお菓子をあげている。甘いものが好きらしいのだ。

 ふわちゃんは人の言葉を喋ることができない。それでも、葉月にとっては友達だ。


「ふわちゃんも今度、緑さんのお店行かない? 緑さんのクッキー美味しいよ。多分気に入ると思うな」


 葉月はふわちゃんの頬をぷにぷにと触る。人間の赤ちゃんみたいに柔らかい。

 暫くつついていると、ふわちゃんはぷくっと頬を赤らめて葉月の手から逃げていった。チョコを食べる邪魔をしてしまったことに怒ったらしい。

 葉月はごめんごめんと謝るが、ふわちゃんはそのまま紅葉の葉に身を隠してしまった。


「また明日、お菓子持ってくるから許してね」


 声をかけても、もう姿を見せてはくれない。

 やりすぎたかな、と苦笑いをしながら、葉月は紅葉並木を抜けた。たしか昨日母からもらったバームクーヘンが部屋にあるはずだ。明日それを持って、また来よう。




 葉月の家は住宅街の中にある。

 なんの変哲もない一軒家だ。二階建てのこの家に、父と母、葉月の三人で暮らしている。――、いや、正確に言えばもう一人住人がいる。

 葉月は自室に入るとため息をついた。


「ちょっと、童(わらし)ちゃん。人のお菓子食べないでって何回言わせる気なの」


 葉月のベッドに腰をかける女の子。おかっぱ頭で、ふりふりのワンピースを着ている。見た目は五歳くらい。真っ黒な目で葉月を見つめた。悪びれる様子はない。口元にバームクーヘンの欠片がついている。


「明日ふわちゃんに持っていこうと思ったのに」


 勉強机の上に置いてあったはずのお菓子は、全て目の前の少女に食べられていた。


「もー、童ちゃん!」


 声をあげると少女はびくりと肩を跳ねさせて立ち上がると、すっと壁を通り抜けて隣の部屋に逃げていった。

 壁をすり抜けたり、飛んだりすることができる彼女には追いかけっこで敵わない。もうこうなると諦めるしかないのだ。葉月は頭を抱えた。

 彼女は座敷童だ。葉月が物心ついた頃からこの家にいた。

 妖怪を見ることができるのは、この家で葉月だけだ。父も母も妖怪は見えない。だから童ちゃんのことも、見えるのは葉月だけだ。

 それでも父も母も、葉月を通して童ちゃんのことは知っている。そして可愛がっている。童ちゃんのために定期的に新しい服を買ってくるくらいだ。

 葉月の記憶では、童ちゃんは昔真っ赤な着物を着ていた。けれど、最近は父と母が買ってくる可愛らしい洋服を着ていることが増えた。座敷童という和風の名前にはいささか相応しくない恰好だとは思う。まあ、童ちゃん本人が気に入っているようであるから、いいのだけれど。

 葉月がリビングにいくと、母が夕食を準備していた。葉月を見るなりくすくすと笑う。


「葉月、何よその顔。不機嫌そうな顔しちゃって」

「童ちゃんがまた私のお菓子食べたの」

「あらあら、まあ子どもなんだし、許してあげなさいよ」

「子どもなのは見た目だけな気がするけど。童ちゃん年齢不詳だし」


 葉月の一番古い記憶でも、童ちゃんは今の少女の姿のまま変わらない。何と言っても妖怪なのだ。人とは生きる時間が違う。童ちゃんが実際何歳なのか、葉月は知らない。


「お母さん、またお菓子買ってきてよ」

「はいはい。かしこまりましたよ。それより葉月。せっかく来たんだからご飯作るの手伝って」

「えー」

「ほら、皮向いて」


 笑顔でじゃがいもとにんじんを手渡される。

 葉月は大きく息をはいて、野菜を受け取って夕飯づくりの手伝いを始めた。

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