恋のエスケープの時間 5
場所は変わりここはあおいのおうちの、昔からある武家屋敷である。と言うものの維新直後に建て替えられたものだ。それでも京都ではかなり広い部類の邸宅だ。そして時間的には、ゆかりが
「わたしの初恋さん さようなら」
と机に突っ伏すことになる日の前日だ。
この日はせっかくの日曜日なのに、教会の礼拝が終わるや否やそそくさと帰宅したあおい。いつもなら日曜学校のお友達と遊びに、あるいは学校のお友達と遊びに街に繰り出すのであるが・・・。
なんだか、抜き打ちテストが翌日にあるような気がしたのだ。それで珍しくもあおいは、今は亡い長姉の藍子お姉ちゃんからの形見のお下がりの、女の子らしい淡いピンクの学習机に教科書とノートを広げている。それは・・・
黒百合女学院初等部はかなり偏差値が高く・・・ではない。小学校なのに成績別クラス編成だから・・・でもない。テスト成績が壁一面に貼り出されてしまうから恥ずかしい思いはしたくない・・・でもない。
なぜなら、いつもは悪ふざけに悪巧みばかりするあおいだけれど、実は勉強が大好きで。あおいは望みさえすればいつでも百点を連発するほど、万年劣等生の姉の緑とは違って、わりと成績優秀なのだ。だから
『良い成績を出さないと恥ずかしい思いをする』
なんて気持ちとは無縁なのだ。全く勉強しなくても、実は記憶力優秀なあおいは、テスト前に5分間ほど教科書を眺めさえすれば、いつでも平均点より高みの点数は取れるのだから。そこに勉強が好きだから、わりと成績優秀で平均すれば学年上位の常連なのである。
でも、そんなあおいにも
「常に成績優秀」
ではなく
「わりと成績優秀」
と自他ともに評価されるのは、あおいには致命的な弱点が。このせいで、成績が学年最下位になったことも。その致命的な弱点とは?
それはあおいが「超気まぐれ」の「超気分屋」だから。「何か」で集中力を欠いてしまうとスカイダイビングしたかのように、時たま成績上位常連グループから真っ逆さまに成績急降下。だから勉強嫌いな美佐は、あおいを成績降下の道連れにして
「テストが常識外れに難しかったもん!
だって、あのあおいちゃんも成績下げたんだよ。
だから勉強苦手なわたし 悪くないもん。
常識外れなテスト出した先生が悪い!」
と「勉強嫌い」を「勉強苦手」とすり替えての言い逃れするために、テストの雰囲気が漂うと美佐はあおいに様々な誘惑を持ち込むのである。
このせいで教育ママの母桃子に、幼いときから何回パンツを下ろされお尻をこれでもか!と叩かれたことやら。と言うのも、元を糺せば姉の緑が万年劣等生のヤンキーでさらにエロ漫画に夢中なせいだ。こいつのせいで重すぎる期待を背負わされているのだ💢。
『ああっ!
わたしも新しいお店のクレープ
美佐ちゃんたちと食べに行きたかったぁ。』
ともあれ、自分を成績降下の道連れにして言い逃れをする美佐の悪巧みは不発に終わり、あおいは教会の礼拝が終わるとそそくさと帰宅して教科書を広げたのだが・・・
あおいは美佐の誘惑を断ち切り、そそくさと帰宅して教科書を広げたのだけれど・・・隣の部屋、その持ち主は緑の部屋からは・・・
緑の部屋からは
「うふーん、あはーん
イヤあん、バカあん
ここじゃダメえん♥️」
な喘ぎ声が・・・。
これは緑とその彼氏の真鍋が愛を確かめ合ってのラブラブな声ではない。いくら緑がヤンキーでも、エロ女でも、一応は緑も毎週の礼拝は欠かさない敬虔なるクリスチャンなのだ。
では、何の声なのか。それは、エロ同人作者の緑が、同人制作のネタにアダルトなビデオを見て研究しているのだ。
アダルトビデオを見るのが敬虔なるクリスチャンか?。なんて当然に発生する疑問はこの際は置いといて
この姉の仕出かした後始末のお尻拭きを、果たしてわたしは今まで何回してきたことやら・・・。そう思うと、なんだか腹が立ってきて。
いま勉強してるのも、このままエスカレーターして馬鹿姉の武勇伝が残る女子校の黒百合の中等部に行くと、わたしまでが姉みたいなエロ馬鹿女になっちゃいかねない。そう思うあおいは、共学の中学校にお受験するつもりでの勉強なのに。
あおいは飲み終わったコーラの缶を握りしめ勢いよく立ち上がるや否や、自分の部屋と緑の部屋の間仕切りのガラス障子を勢いよく開くと、思いっきり空き缶を緑に投げつける。
「お姉ちゃんっ
わたし、勉強してるんだからねっ!。
小学生にエロビデオ
聞かせていいとでも思ってんの?
わたしお姉ちゃんみたいになりたくないの!💢」
そのあおいの怒りの空き缶投げつけも虚しく、姉の緑は
「諦めなっ!
わが妹に生まれた不運を
すなおに受け入れちゃいなさい!
勉強しないのは
ダメな子でいるのは、とっても楽チンだよ~
運命を受け入れる度量は大切だよ。
今日の礼拝で
遣わされた場所を受け入れてそこで輝きなさい!
って話だったでしょ。」
「お姉ちゃん
わたし、まだ子どもでわからないけど
それ絶対、意味が違うから!」
『ダメだ。この姉はとことんダメ女だ。』
そう思うあおいであった。
草木も眠る丑三つ時。晩秋近い夜空に満月の輝く赤井家の、あおいのお部屋の窓からは灯りが漏れる。その窓からいきなり女の子の、甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。
「出たぁー
怖いよぉ!来ないでよぉ!
わたしがあなたに何をしたって言うのよ?
お願いします
迷わず成仏してください・・・」
ではなく、喜びの
「出たぁー
やったぁ!テストのヤマ勘が的中!
わたし、今回も百点だぁ!」
の雄叫びである。
前日に爽やかすぎるまでに天高く晴れ渡った青空だったからか、冷えすぎるまでに冷えた深夜か早朝か?な時間帯。性格が猪突猛進なあおいは、テスト勉強の勢い余って夜更かししてしまって、いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまったようだ。
「テストのヤマ勘が的中!」
の場面で
「こんなオイシイ話なんてあるわけがない
これは絶対に夢に違いない」
と目覚めてみればなんだか肌寒い。気付くと背中には、姉の緑のお気に入り毛布がかけられていて。でも湯上がりに勉強したからか、冷えて震えがする。
キッチンでミルクをひとり暖めるあおい。でも咳やくしゃみが出始めて、その間隔も刻々と短くなって、お腹まで冷えていたみたいで、あおいは慌ててトイレに駆け込む。
『風呂上がりに徹夜なんてするもんじゃないわね
寒ーい!風邪引きさんになっちゃいそう』
トイレから戻ると、ミルクが沸騰寸前で。それでも教科書片手に、猫舌のくせに温めすぎたミルクをちびちびと飲むあおい。
窓の向こうに仲良しな野良な子猫ちゃんがミルクの匂いに誘われたか窓越しに、にゃーとあおいに甘えてくる。窓を開けて冷蔵庫から残りのミルクを猫皿に注いでやるあおい。
『おまえは自由でいいね
飼ってあげたいけど
自由なほうがいいでしょ』
猫ちゃんの頭を撫で撫でしつつ、ため息が漏れるあおい。ミルクを飲み終わった子猫があおいの胸に抱かれてゴロゴロ声が寝息に変わるころ、窓からバイクの音がする。
『新聞屋さんかしら?』
もはや骨董品の部類の壁時計を見るあおい。今日は月末の月曜日。毎朝のように手伝わされている、おじいちゃんの早朝拳法教室は定休日であと三時間はベッドでぬくぬく出来そうである。
ミルク飲んだだけで歯磨きは、あおいは何だか熱っぽくてめんどくさくなってしまい、洗面所でうがいをすると
「猫ちゃん、寒かったでしょ。一緒におねむしよーね」
と、あおいは子猫とベッドに潜り込む。
そして話は、時空間は、あの本が大量に待った先生に見つかってしまい、ゆかりが「わたしの初恋さん、さようなら」と、机に突っ伏してしまった。そんな六年一組の教室に戻るのである。
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