恋のエスケープの時間 4

 九つ年下の後輩たち、まだ初等部の美佐とゆかりに浮気疑惑をかけられてしまった緑は、適切なる言い分けを必死で探すものの、怪しさ満点に目が泳ぐばかりで・・・。そんな緑を見かねて真鍋が助け船を出す。


 いや普通の女の子ならば、自らのひた隠しに隠し続けていた恥ずかしい趣味を、それも男性の口からカミングアウトされてしまうという、とっても恥ずかしい羞恥プレイ状態で、決して助け船にはなっていない。

 そう思われるかも知れないが、でも、それでも不純異性交遊疑惑をかけられてしまい、その疑惑を解こうとエロ同人制作を自白しようとすれば、これまた校則違反で、黒百合女学院大学部での楽しい学生生活の危機に陥ってしまった緑には、沈着冷静な真鍋は頼れる助け船だ。


「あのさ、コイツ緑はね、大学では漫画部なんだよね。

 『江口作漫画研究クラブ』

 と言うのは名ばかりの

 実は教授たちへのカムフラージュで

 実態はエロ同人漫画制作同好会。

 コイツさ、女の子なのに何を勘違いしたのか

 エロ漫画家やらエロ小説家を目指してんだよ(笑)


 それでさ

 昨日と一昨日にコイツが会ってた連中はね

 俺の後輩なんだよ。

 俺の母校知ってるだろ? 

 君たちの黒百合女学院と同系列だった黒川学院大学

 そこの漫画制作クラブの連中なんだよ。


 で、黒川学院と黒百合女学院の合同で制作するらしく

 作画の分担を決めていただけなんだよ。

 俺も後輩会いたさとコイツとのデートで

 遅めの盆休みだったしで

 少し遅れて来てたしね。


 いくらなんでも

 彼氏との待ち合わせ場所で浮気はねえよ(笑)

 ほら、美佐ちゃん達が見たのはコイツらだろ?」


 カバンから手帳を取り出し、挟んであった去年の日付入りの、飲み会の場らしき写真を取り出して、美佐とゆかりに見せる真鍋。なるほど美佐とゆかりが目撃した、緑の浮気相手らしき黒川学院大学の男子学生が真鍋や緑と共に写っている。


「こいつらオタクもオタクでね

 人の女を寝とる発想、全くないんだよ

 こいつらの恋愛対象は漫画世界の美少女だけだから。

 見てごらん

 どのアニメの、どんなキャラか、全く不明な

 マイナーなキャラクターぬいぐるみ抱き締めてるだろ?」


 ゆかりは真鍋の緑への助け船に誤解を解いたようだが、それでも美佐が緑を見つめる、疑惑の眼差しは変わっていない。

 当たり前である。緑は自分の妹のあおい、美佐の親友のあおい、緑より先に最初に真鍋に恋心を告げ、真鍋の背中を追いかけていたあおいから、緑は真鍋を奪ったのだから。

 さらに、あおいやゆかりそして自分のママから聞く緑の、その近況イメージは優しい優等生イメージだし、そもそも黒百合女学院からして地元名門のしかもお嬢様学校なのである。


 お嬢様の緑が騙されて浮気。なんて事態はイメージ出来ても、エロ同人漫画を自ら制作し将来はエロ小説家を目指してるなんて。幼稚部時代にはいつもよく遊んでくれた遠戚の緑お姉ちゃんで、九つ年上の緑先輩からは、美佐には全くイメージ不可能なのだ。

 美佐には、緑お姉ちゃんとエロ同人漫画がどうしても結び付かなくて、親友のあおいちゃんから彼氏の真鍋お兄ちゃんを奪ったくせに浮気した。そんな親友の仇め!な、美佐からの視線は変わらない。




 自分が浮気したかのように自分を睨んでいる美佐に、『これもわたしの普段の行いが悪いからよね』みたいな溜め息した緑は


「仕方ないわねぇ・・・

 美佐ちゃんとゆかりちゃん

 そこ座って」


 美佐とゆかりを座らせるや、カバンから小さめのスケッチブックと色鉛筆たっぷりな筆箱を出す緑。二人を眺めながら色鉛筆を走らせる緑は、驚くべき短時間で二枚の絵を描き上げる。それを二人に渡しながら


「はい、こっちは二人の簡単なスケッチ」


「こっちは二人を百合漫画キャラ化して

 女の子同士で恋してるラブラブさを描いてみました」


 美佐とゆかりが見ると、水遊びした直後かのような透けたシャツの少女二人が、互いの右手と左手そして左手と右手を重ね合わせ、互いの指を絡め合わせて、今にも二人のくちびるが重なりそうな至近距離で、怪しい雰囲気で見つめ合っている。そんな絵だった。


「これでわたしが浮気したんじゃなくて

 漫画の作画の担当振り分けの話をしてた。

 そう信じてくれるかな?」


そう言いつつ、公園のベンチに置いていた包みから製本されたばかりの本を取り出し、美佐とゆかりに見せる緑。


「それからこれはね

 わたしら黒百合女学院と黒川学院の漫画部の合作ね。

 美佐ちゃんもゆかりちゃんも初等部だから

 まだ中身は見せてあげられないんだけどね。


 で、わたしの彼氏はこの瞬ちゃんだけ。

 ややこしくなるから、あおいには言わないでよ。

 それと学校にはヒミツね。」 


 緑に描いてもらった絵と製本されたての緑の同人誌を見せてもらった。そんな美佐とゆかりは、まだ初等部六年生ゆえに「エロ同人」の意味がわからないのか、エロ同人への世間の風当たりがわからないのか、素直に感嘆して


「すっごぉい!

 緑先輩はスポーツ万能だけじゃなくて

 絵も上手いんですね!

 これ本当に貰っていいんですかぁ!」



 芸は身を助くなのかどうか、取り敢えず天性の画才のおかげで浮気疑惑からは解放された緑は、可愛い後輩の美佐とゆかりに念のため缶ジュースを奢るという、安上がりな買収をする。この公園の隣には、子どもたちや学生たちに人気の安くて美味しい喫茶店があるのに。

 だけど、この買収も最近の黒百合初等部の恋愛事情を美佐とゆかりから聞き出し、同人ネタにするつもりなのである。仲良く四人がジュースを飲みつつ和んで話していると、近隣の市立小学校の始業式初日の放課後な時間帯になったのだろうか、公園に子供たちの姿が増え始める。


「あ!黒百合の美佐ちゃんゆかりちゃんだー!

 この人たち、美佐ちゃんたちのお兄ちゃんお姉ちゃん?

 一緒に遊ぼう!ドッジボールしない?」


 美佐やゆかりと仲良しの子どもたちと仕方なくボール遊びに興じる真鍋と緑だが、しばらくすると団地内の会社からだろう、その休憩時間を告げるチャイムが聞こえてくる。腕時計に目をやる真鍋。そして


「緑、どうする?

 あいつら来なかったな。

 約束すっぽかしてからに・・・」


「あー、高瀬くんと夏目くんね。

 この前バイトが大変!って言ってたから

 仕方ないわよ

 じゃ、これからはプライベートデートで・・・

 瞬ちゃん、あの店連れて行ってよ!」


「そうするか

 じゃあ、車回してくる!」


 公園傍のパーキングに車を取りに走る真鍋。それを見送る緑は


「美佐ちゃんとゆかりちゃんはどうするの?

 帰るなら送るわよ」


「緑お姉ちゃん、わたしたち、もう少し友達と遊びまーす。

 それに今日はゆかりちゃんの誕生日で

 わたし、お泊まりお呼ばれされてるから。」


「緑先輩、そうなんです

 実はわたし今日が誕生日で

 ちはるちゃんもピアノ終わったら来てくれるので

 しばらくここで待ちます。」


「あ、ゆかりちゃん誕生日なんだー!

 おめでとう!。今度プレゼントしなきゃね

 美佐ちゃん、ゆかりちゃん

 暗くなる前にゆかりちゃん家に帰るのよ。」




 それからしばらくして美佐とゆかりが、ピアノが終わったちはると公園で合流したころ・・・ふと二人が気付くと、さっき緑先輩に絵を描いてもらったベンチに緑先輩の忘れ物が。

 その包みを開くと、さっき見せて貰った同人誌と同人誌制作のネタ探しや研究用なのだろう、別なエッチな本達がてんこもりで。


「ゆかりぃ、どうすんのコレ?」


「美佐ちゃん、やっぱりあおいちゃんに頼むしか。

 お誕生会にあおいちゃん、道場で来られなかったら

 明日学校に持って行くしかないよ

 それであおいちゃんに渡して

 あおいちゃんから緑先輩に返して貰おうよ」


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